ベビーブーマーをターゲットとしたポニーカーのプロトタイプ
第2次世界大戦の終戦から20年近くが経過した1960年代序盤、アメリカ国内では終戦後に生まれ、そろそろ免許が取得可能な年齢を迎えた若者たちをターゲットに据えたクルマが誕生しています。それが“ポニーカー”と呼ばれるクルマたちです。
ポニーというのは仔馬で、まだ大人にならないビギナーが、初めて手にするクルマ、との意味からこう呼ばれるようになったとも伝えられています。そんなポニーカーの市場を生みだし、拡大させていった牽引車はフォード・マスタング。ただ市販モデルの誕生前にはこんなプロトタイプが誕生していました。
ポニーカーが登場する少し前、1960年には各社がこぞってコンパクトカーをリリース、大きなブームを引き起こすことになりました。
アメリカ人はスポーツカーに見えるクルマを求めている
もっともコンパクトカーとはいっても『オーバー5L、6LのプッシュロッドV8を搭載したフルサイズに比べれば』という相対的なサイズ論での話。ブームをけん引したトップセラー、フォード・ファルコンを引き合いに出せば。エンジンは2.36Lの直6で3サイズも全長が4600mm、全幅が1780mm。
全高は1380mmでホイールベースも2780mmと、当時国内フルサイズだったクラウンやセドリックと比べてひとまわり大きなボディに排気量が1.5倍もあるエンジンを搭載していた訳で、アメリカの偉大なサイズ感には圧倒されてしまいます。
それはともかく、フルサイズの“アメ車”をコンパクトに仕立て直したファルコンから、スポーティなマスタングが誕生することになりました。その大きな要因となったのは当時、フォードの社長を務めていたリー・アイアコッカの「アメリカ人はスポーツカーではなくスポーツカーに見えるクルマを求めている」との信念からだったと伝えられています。
つまり“まっとうな”4ドア5座のファルコンをベースに、2+2の2ドアクーペへとコンバートして最初のマスタングが誕生したのです。しかし、市販モデルが誕生する以前には、さまざまなプロモーションが展開され、数多くのコンセプトモデルが誕生していました。
実はミッドシップのマスタングⅠ 2ドア・ロードスター コンセプト
今回紹介するフォード・マスタングI 2ドア・ロードスター コンセプト(Ford Mustang I 2-Door Roadster Concept)も、そんなコンセプトモデルの1台。ですがじつはこれ、実験用プラットフォームのミッドシップに1.5LV型4気筒エンジン搭載したもので、市販モデルのマスタングとは、そのネーミング以外にはまるっきり共通点のないコンセプトカーだったのです。
同じ手法でフィアットが128のパワーユニット(エンジン+トランスアクスル)をミッドシップに搭載したX1/9をリリースしたのは1972年のことでしたから、それよりも10年も先んじていたことになります。X1/9(とベースになった128)が直4エンジンを横置きに搭載していたのに対して、タウヌスのV4エンジンは縦置きにマウントされていたことで、より重量配分では有利な縦置きミッドシップのパッケージが完成したのです。
鋼管スペースフレームにダブルウイッシュボーン・タイプを組み合わせていた
これを搭載するシャーシ(フレーム)は鋼管スペースフレームで、前後のサスペンションはパイプ製の上下アームで構成されるダブルウイッシュボーン・タイプ。コイル/ダンパーユニットはコンベンショナルなアウトボード式で、前後それぞれにアンチロールバーが装着されていました。
ちなみにブレーキは前後ともにドラム式で、ライバルに想定されたイギリス製のライトウェイトスポーツに比べてロースペックでした。ですが、オリジナルではロータスが軽量クラスのレーシングフォーミュラで好んで使用していたようなデザインのマグネシウム・ホイールを使用しています。
生産台数はわずか2台のみ!
ルックスではライバルを圧倒していた、というべきかもしれません。全部で2台が製作された記録がありますが、残念ながらアメリカのフォード博物館で出会った1台は、何の変哲もないアルミホイールを履いていました……。
市販モデルのマスタングが誕生する前年、1963年にはフロントにエンジンを載せた2+2のロードスター/コンバーチブルのマスタングII・コンセプトが登場しています。こちらはまさにマスタングの市販モデルに向けたパイロット版で、マスタングⅠロードスター コンセプトはむしろ、フォードGTへと発展していったパイロットモデルというべきかもしれません。