日本が生んだクルマ文化「VIPカーカスタム」とは
クルマのカスタマイズにはさまざまなジャンルがあるが、中でもVIPカーは1990年代ごろから国内のカスタムカー文化に大きな影響を与えたスタイルだ。元々はセダンをベースに内外装を改造することが主流だったが、あまりの流行ぶりによりその手法は他車種にもおよび、おもにドレスアップ系カスタムにおいて一大ムーブメントを巻き起こす。さらに、近年では海の向こうのアメリカにまで伝播しており、とくに西海岸では数多くの日本車フリークに根強い人気を誇っている。
ここでは、そんな近代ドレスアップ系カスタムの源流ともいえるVIPカーを振り返ってみよう。
「VIP=ビップ」カーの起源からの略歴
VIPカーの起源については諸説あるが、1980年代に流行した走り屋系の改造スタイルから派生したとする説も多い。当時は、ホンダのシビックやトヨタのカローラレビンなどをベースに、派手なエアロやエンジンチューンなどを施したスタイルが大流行したが、それをセダン系車種に持ち込んだのが始まりといわれる。なお、ここでいうVIPは「ビップ」と発音するが、いわゆるVery Important Person、日本語で要人を意味するVIPは「ブイ・アイ・ピー」と発音するので念のため。
国内への派生 熟成とどまらず
1980年代後半頃に生まれたVIPカーはその後、さまざまな高級セダンに波及する。例えば、日産のセドリック/グロリア、プレジデント、トヨタのセルシオやクラウン、センチュリー、ホンダのレジェンドやインスパイアなど。
発祥当時のおもなカスタムスタイルは、外装は大柄で派手なエアロ、大径のホイールやマフラーなどを装着し、車高を極端に落とした「シャコタン」スタイルだった。
また、内装は木目や大理石調の装飾を施すなどでさらなる高級感を演出する。さらに、インパネまわりに小型モニター、トランクなどにはウーファーなどを積んだカスタムオーディオを施す車両も多く、おもにドレスアップ系カスタムの主流として進化していく。
ちなみに、カスタムの方向性は、近年シンプルなスタイルに変化している。例えば外装のエアロでも、以前は前後バンパーを純正から交換するタイプが主流だったが、最近は純正バンパーのままで、下部などに装着するリップスポイラータイプが人気だ。時代の変遷に応じて、カスタムパーツのデザインやスタイルにも変化が見られている。
VIPカーの大流行はセダンだけに留まらず、ミニバンやワゴン、商用車のワンボックスカー、軽自動車など、前述の通り他車種にもおよんでいく。とくに、2000年代初頭ごろから大きな人気となったミニバンのカスタムでは、トヨタ・エスティマ、ホンダ・オデッセイやステップワゴンなどをベースに、VIPカーのテイストを盛り込んだカスタムカーも生まれる。その後も、近年人気が高いトヨタ・アルファード/ヴェルファイア、日産エルグランドといった高級ミニバンにも、VIPカー的味付けを施したカスタム車両は多い。
アメリカへの伝播
VIPカーは、日本だけでなく、アメリカにも伝播したのは前述の通りだ。筆者は実際に、2013年に西海岸を訪れ、複数のVIPカーに乗るアメリカ人ユーザーやカスタムショップを取材している。
アメリカのVIPカー、いわゆる「US VIP」は、現地の日本車カスタム好きの間で広まった。アメリカで売られている日本車と、日本のカスタム文化を愛する人たちだ。発祥は不明だが、広く広まったのは2001年に公開され大ヒットした映画「ワイルドスピード」の影響が大きいだろう。現在も続く人気カーアクション映画シリーズだが、その第1弾では、ホンダのシビック(EG型)やトヨタのスープラ(A80型)、日産のスカイラインGT-R(R34型)といった国産スポーツカーをベースに、エアロやエンジンチューン、低い車高に派手な外装色のカスタム車両が大活躍する。
カスタムパーツの充実が日本車を後押し
元々は、アメリカでもカスタムのベースとなる日本車はスポーツカーが主流だったが、やはりインターネットの普及により、日本のほかのジャンルのカスタムも現地で話題となる。そのひとつがVIPカーだ。とくにヘラフラッシュでは、車種を問わず「車高が低いクルマがかっこいい」という文化が生まれる。 道路に凸凹などが多く荒れていて、車高が低いと走りにくいアメリカではそれまであまりなかった手法だ。そういった流れに乗ったこともあり、車高が低いことも大きな特徴であるVIPカーが、アメリカでも受け入れられていく。
芸術文化に国境はない
いずれも、左ハンドル仕様とはいえ、日本車であるためVIP系のパーツが日本から手に入る。例えば、老舗ブランドの「ジャンクションプロデュース」が開発し日本で大ヒットした「ふさ」も、2013年の取材時には装着したクルマを数多く目撃した。縄を結ったお守りのような形状で、バックミラーなどにぶら下げるこのドレスアップパーツは、いわばVIPカーの代名詞的なアイテムだ。フロントウインドウからそれが見えるだけで、まるで日本にいるVIPカーを見るような錯覚を覚える。
ほかにも、日本のカーディーラーが顧客に配る車検証入れや、整備点検時などにフロアに敷く紙のマットなどを大切そうに愛車に入れているオーナーもいた。彼は「日本製のアイテムなら何でも大好き」だそうで、細かいパーツにまでこだわっていた。彼らにとってクルマだけでなく、日本のパーツやアイテムも「憬れ」の対象なのだ。
このように、VIPカーは、今や日本を代表するカスタムスタイルのひとつとして、アメリカにも受け入れられている。近年は、日本ではなかなか新しい改造スタイルは生まれていない。車両改造に関する規制が厳しくなったり、かつてほど愛車を大がかりにカスタムするユーザーが多くないなどが要因だろう。そういった意味でVIPカーは、現時点においてもっとも最新で、もしかすると最後となるかもしれない「日本独自のカスタムカー文化」なのだ。