バブルが生んだFFミドシップという奇手
1989年9月、ホンダから発売されたアコード・インスパイア&ビガー(以下:インスパイア)は、アコードとレジェンドの隙間を埋めるために生まれた4ドア・ハードトップで、アコードの兄貴分的存在。従来アコードと姉妹車だったビガーは、この3代目はインスパイアの姉妹車となった。
「世界初のFFミッドシップ」とはなんだったのか?
話題となったのはホンダが謳う「世界初のFFミッドシップ・縦置き5気筒」というレイアウトで、新開発のG20A型直列5気筒エンジンを縦置きにしたもの。 アコード(と同時に発売されたアスコット)はオーソドックスな直4横置きFFであるため、アコードと名前がついているものの、別物と言ってよいモデルに仕立てられていた。 バブル期の発売だから開発時は好景気に沸くハイソカー・ブーム。アコード以上、レジェンド未満の客層を取り込もうという意欲作である。
縦置きエンジン前輪駆動を可能にしたのは、エンジンと変速機をFRのように縦に置き(このままプロペラシャフトを後輪までつなげればFRだ)、エンジン中央左側にデフギヤを配置。変速機からの出力はエクステンション・シャフトによってデフギヤへと伝達する。ドライブシャフトはなんとクランクケースを貫通させるという方法で、FFミッドシップを実現している。またエンジン自体を右へ35度も傾けて、低重心化を図った。
FFなのにFRのようなスタイリッシュな外観を実現
これらのメリットは、いろいろあると思うが、まずいえることはFRのような外観があげられるだろう。FFでは実現不可能な(とまでは言わないが)、短いフロントのオーバーハングと前輪とドア開口部までの距離からFRのようなプロポーションだ。 またエンジンをホンダ車お馴染みの傾ける搭載でボンネット高さを抑えて、端正とも呼べるデザインのスタイリッシュさが魅力だ。
動的面では重量バランスの向上があげられる。FFは駆動輪の前輪にいかに駆動力を伝えるかが大事なので、フロントヘビー、重たいものが前にあった方が都合は良い。だが、トラクションにさえ眼をつぶれば、前後の重量配分が良いことに越したことはないし、サスペンションのセッティングの自由度も上がる。
おそらく日本の通常使いでは、トラクションに困ることはないだろう。サーキット走行などもしないだろう。そうであれば、FFミドシップで困ることは少ない。
こうしたメリットとデメリットを考えて、ホンダは挑戦したのだろう。現在ホンダは縦置きFFを作ってはいないが、縦置きFFで言えばアウディのA4とスバルは縦置きFFがあるし、ボルボも(横置きながら直5エンジンを作った点でも似ている?)FFながらFRのようなプロポーションを持つスタイリングとしている。
アコードとの差別化といえば、アコードが全長4680×全幅1695×全高1390mm、ホイールベース2720mmなのに対して、インスパイアは全長4690×全幅1695×全高1335mm、ホイールベース2805mm。全長は10mmしか変わらないのにホイールベースは85mmも違う。 たったそれだけというなかれ、クルマの寸法は5mm違えば大きく違う。室内であればよりシートを厚くしてクッション性を良くもできるし、ひざ周りの空間を広くもできる。動的で言えばロングホイールベースのほうが一般的に直進性も良くなるので(曲がりにくくもなるが)、コストはかさむだろうが、上級セダンとしてメリットは十分にあるのだ。 エンジンは、アコードには1.8L SOHC(105ps/14.6kg-m)、2.0L SOHC(110ps/16.1kg-m)、2.0L SOHC+PGM-FI(130ps/18.1kg-m)、2.0L DOHC+PGM-FI(150ps/19.0kg-m)が搭載されたが(PGM-FIは電子制御燃料噴射)、インスパイアには2.0L 直5のSOHC+PGM-FIの160ps/19.0kg-mを搭載。高性能エンジンとは言えないが、クルマのキャラクターにあった性能が与えられていた。また回転のバランスはどうなのという疑問に対しては、一次偶力バランサーを内蔵。ホンダのエンジンは高性能だけではなくて、高バランス、快適面でも劣らないことを示してくれた。
余談ながらターボ時代が終焉したF1はライバルの多くが3.5LのV12エンジンを搭載するなか、ホンダは1989-90年にV10で挑戦した。V10の半分は直列5気筒。関連はないのだろうが、多くの基礎研究があったことが想定される。