ストレートの短距離レース、超シンプルだが奥が深い
日本では「ゼロヨン」とも呼ばれる「ドラッグレース」は、2台のクルマが直線のコースに並んで、ヨーイドンで1/4マイル(約400m)のタイムを競うだけのレース。加速だけに特化した単純明快きわまる競技で、本場アメリカではNASCARと並ぶ人気モータースポーツだ。
ハイパワーなマッスルカーのイメージが強いドラッグレースだが、見た目はかわいらしい「ビートル」や「バス」といった、クラシック・フォルクスワーゲンもたくさん走っている。日本でもVWだけのドラッグレースが開催されているので、その様子をお届けしよう。
アメリカの若者たちが熱中したドラッグレース
ドラッグレースといえば、映画「アメリカン・グラフィティ」が有名だ。物語の舞台は1962年、カリフォルニアの田舎町で若者たちが古いフォードなどに乗ってレースに熱中する青春群像劇。戦後アメリカで盛り上がった、自動車カスタム文化「ホットロッド」とドラッグレースが描かれている。
なお「ドラッグ」といってもクスリのことではなく「drag(引っぱる)」の方。語源については「引っぱられるように速いから」あるいは「ボディを引きずって走るから」と一般的に言われているが、実際は異なる。
18世紀末のアメリカで「馬車」(馬に引かれる)のスラングとして「drag」が使われはじめ、やがて荷車も含めた「クルマ」一般を指すようになる。19世紀半ばには、乗り物が行きかう大通り(street)の俗語として定着していて、20世紀初頭には「main drag」が「メインストリート」の意味をもつようになっていた。第2次大戦が終わってアメリカでホットロッド文化が流行し、ヤンチャな若者たちが公道でレースをするようになったとき、当時でもやや古風だったスラングを使って、「ストリートレース」を「ドラッグレース」と表現した、というのが正確な流れだ。
写真は1950年代初頭のドラッグレースの様子で、まだ安全基準もクルマのチューニング技術も黎明期だったころ。クルマのパワーとスピードが進化するのに比例してリスクも高まっていき、ドラッグレースを統括する組織NHRA(全米ホットロッド協会)を中心に、競技のルールと安全基準が確立されていった。ドラッグレース専用のストレートコースが各地につくられ、今でもアメリカのレストランやバーに行けばテレビで中継が流れているのだ。
ちょっとイジれば驚くほど速くなるワーゲンが活躍
やがてアメリカにフォルクスワーゲンが大量に輸入されるようになった1960年代、安くてイジりやすいVWは若者たちの格好の遊び道具になった。空冷水平対向4気筒のエンジンはシンプルな構造で信頼性が高く、チューニングすればするだけ速くなる。加えて、エンジンをリヤに搭載しているRRレイアウトゆえ発進時のトラクションに恵まれて、ボディも軽いので、スタートダッシュだけのドラッグレースとは相性がバツグンだったわけだ。
小さなワーゲンでもイジれば大きなマッスルカーに勝つことができる……そんな面白い遊びが盛り上がらないわけがない。
アメリカだけでなくヨーロッパから日本まで、全世界にVWのドラッグレース・シーンは拡大。わずか1/4マイルのタイムを突きつめるために、無数のチューニング技術とパーツが開発された。トップクラスになると約400mのコースを10秒前後で駆け抜け、トップスピードは200km/hオーバーという圧倒的な加速度の世界が、そこには広がっている。
ちなみに、おそらく史上もっとも過激なVWドラッグレーサーとしては、もはやVWエンジンですらなく、タイプ2「バス」の荷台にロールス・ロイス製の航空機用ジェットエンジンを搭載して1万psを誇る通称「オクラホマ・ウィリー」が挙げられるだろう。
日本でもワーゲン専門のドラッグレースが行われている
わが国にも、かつては仙台にドラッグレース専用のコースがあったのだが、今は閉鎖してしまった。そのためドラッグレース愛好家たちは、サーキットのホームストレートや空港の滑走路を使って競技を楽しんでいる。競技そのものはわずか400m程度だが、安全に減速するための長さが必要になるからだ。
現在日本では、「staginglane.net」という団体がクラシックVWのドラッグレースを運営していて、年に1~2回のペースでレースを開催している。
今年9月20日に開催された大会「VW Drag In. 14th」の会場は、栃木県のサーキット「ツインリンクもてぎ」のオーバルコースのホームストレート。直線の長さが十分ではないので、1/4マイルではなく1/8マイル(約200m)の「ハーフドラッグレース」だ。
ノーマルエンジンのワーゲンでもレースを楽しめる
ドラッグレースはエンジンの排気量やタイヤの選択、タイムによってクラスが細かく分かれていて、なるべく自分のクルマと近いコンディションのライバルたちとタイムを競うことができる。
ドラッグレースに特化したナンバーなしのレースマシンで頂点を目指す人もいれば、ナンバー付きの公道仕様でどこまで速く走れるかを追求するストリート派もいる。
面白いのは、タイムの絶対値を競うクラスだけでなく、「ダイヤルイン」と呼ばれるクラスもあることだ。このクラスでは、事前に自分のクルマの目標タイムを申告しておいて、その申告タイムにより近いタイムで走った人が勝者となる。申告タイムよりも早いと「ブレイクアウト」、失格となる。
スムースで正確な操作が要求され、パワーではなくテクニックがモノを言う。たとえば1200ccのノーマルエンジンを積んだ「普通」のワーゲンでも、2000cc以上まで排気量アップしたマシンに勝てる可能性があるのが醍醐味だ。
実際、この日のレースにも普段乗りのワーゲンが多数参加。自分のクルマがどれほどのポテンシャルを持っているのか、無理せず安全な環境で試していた。なかには70歳を超えたオーナーもいたほどだ。
本気のレースマシンからデイリーカーまで、スタイルも多彩
では、この日のVWドラッグレースを走ったワーゲンのなかから、各クラスのウィナーの姿をお届けしよう。
一番人気で参加台数最多の「ダイヤルイン」クラスで優勝したのは、VWの老舗ショップ「FLAT4」からエントリーした田村選手の運転する1967年式ビートル、通称「ロクナナ」。2180ccにボアアップしたエンジンでスムースに走った。
「ストリートコンプ」クラスからはスリックタイヤの着用が認められる。8.664秒でこのクラスを制したのは森泉選手のビートルだ。
これはVWのシャシーにイタリアでデザインされたボディをまとう「カルマンギア」というクーペ。滝本選手がドライブし、8.250秒のタイムで「プロガス」クラスの勝者に。
中野選手の1956年式ビートルは「プロコンプ」クラスを7.630秒で疾走し勝利。さらに、この日のストリートカー最速の栄冠にも輝いた。
一番上の「プロモディファイ」クラスにて7.424秒というタイムでウィナーとなったのは藤田選手。昨年完成した、完全に本気のレースマシンだ。
画像ギャラリーにこの日の写真を大量にアップしてあるので、ご覧いただきたい。また、ドラッグレースの詳しいルールや参加方法については「staginglane.net」のHPを訪れてみることをお勧めする。