軽スポーツカー「ABC」が誕生した記念すべき1991年
1991年は軽自動車にとっての記憶に残る年となった。それまで軽自動車といえば、安くて燃費が良いクルマであればよかった。もちろんスズキのアルト・ワークスやダイハツ・ミラTR-XXなどホットなモデルはあったが、それは派生車種だ。
ホンダ・ビートはまったく違う。同年発売のスズキ・カプチーノと1992年発売の当時オートザムのAZ-1は、他の車種と部品の共用部分はあるだろうが、走りに特化して開発された。軽自動車はセカンドカーやホビー、気が向いたときにこんなクルマがあると良いよね。というバブル期ならではの、新しい需要を掘り起こした。
純粋に走りにこだわったこの3台は後にAZ-1やビート&カプチーノの頭文字から「軽自動車のABC」と現在まで語り継がれるほどの存在となった。 そこでビートだが、これは単なるセカンドカーではなくて、ホンダがNSXの次に送り込むミドシップマシンだった。ホンダは当時のリリースでは「ミッドシップ・アミューズメントBEAT(英語でジャスなどの強いリズム、心臓の行動、楽しさを響かせるクルマ)」と紹介されているが、軽自動車初となるミッドシップエンジン+リヤドライブの2シーターオープン・ボディは、ホンダらしさを周囲に放つモデルに仕上がっていた。
長くオーナーに愛されるように見えないところにもこだわる
低重心で前後重量バランスを重視したボディは、後輪前に搭載される横置きエンジンをベースにトランスミッションや燃料タンク、バッテリーなどの重量物を巧みなパッケージで実現。スペアタイヤをフロントに積むことで前後の重量配分は前43:後57として、空車時の重心高を440mmとしている。上から見るとエンジン本体は主に助手席後ろ側にあり、燃料タンクとバッテリーが運転席後方といった感じだ。
ボディはルーフがあればもっと開発が楽であっただろうがオープンにこだわり、曲げとねじり剛性を高めるためにフロントトンネルとサイドシルの剛性を強化。フロントトンネルは下部を閉じたボックス形状で、サイドシルも厚板化したうえでボックス断面のリインフォースメントを挿入した二重構造を採用。フロントのバルクヘッドやダッシュボードロア・クロスメンバーの強化やセンターバルクヘッドの二重壁化、リヤのダンパーtoダンパーのクロスメンバーなどで強化を図り、軽だから、オープンだからと言わせないような意気込みを感じさせる作りこみがなされた。
また、オープン時のサイドガラスのガタツキを抑えるためにガラス押え(スタビライザー)やガラスガイドローラーにゴムブッシュを採用。オープンでの高速走行時にサイドガラスががたがたと揺れない、安っぽさを感じさせないような配慮もなされている。耐久性も防錆性を高めるためにカチオン電着塗装が使われたうえ、すみずみまで電着塗装ができる形状として、長くオーナーに愛されるように見えない場面も仕立てられている。
ホンダ・ビートはかつて1983年に発売されたスクーターの名でもあるが、1986年に生産を中止。四輪のビートは長く愛されて欲しい。そんな願いも込められているように感じる。
実際にビートは2011年にホンダ・アクセスがサスペンション等のパーツを、2017年には一部ながら純正部品の販売を再開。これはオーナーの熱意が一番だろうが、開発陣の高い耐久性に込めた熱意も寄与しているに違いない。
3連スロットル採用のMTRECエンジンを搭載
モータースポーツのF1では当時はターボで席巻したホンダだが、市販車では多くが自然吸気だったことはご存じのとおり。ビートのエンジンは、660MTREC (エムトレック)12バルブと呼ばれる自然吸気の653ccの直3のE07A型エンジンを搭載。最高出力は64ps/8100rpm、最大トルク6.1kg-m/7000rpmという超高回転型で「低速トルクは捨てました。その分、上限の64psを発揮します!」というホンダらしさが全開。 MTRECとはMulti Throttle Responsive Control Systemの略で、軽量コンパクトにこだわりターボやDOHCが装着できないことから、F1仕込みの吸気システム、多連スロットル、2つの制御のPGM-FIを採用。走りの楽しさはパワーだけではないよ! というホンダならではの開発が随所に見て取れる。さらにエンジンのマウントも4点式としており、ホンダが得意とする低重心化のために傾けて搭載されるエンジンをしっかりと載せ、加減速時のトルク変動を極力抑えるようになっている。 気筒ごとのスロットルは高性能エンジンでは定番といえる機構で、MTRECも3気筒すべてにスロットルバルブを採用。そのうえでスロットル同調をシンプルかつ正確に作動させるように3連動スロットルボディを採用。スロットルボア径をパイ36mm×3と拡大したうえ、吸気マニホールド直前のエアクリーナー兼用の5Lという大容量チャンバーを設けて、各気筒間の吸気干渉を抑えて吸気効率をアップ。スロットルバルブから燃焼室までの距離も可能な限り短くして、吸入効率とスロットル・レスポンスの向上を果たしている。
エンジンの電子制御もF1などのレース用の高回転型セッティングと、燃費やアイドリング状態が必要となる市販車用の燃料制御噴射マップを開発。クラス初となる大気圧センサーや高性能のO2センサーの採用と、吸気側がパイ24.5mm、排気側がパイ21mmの「大径バルブ、ペンとルーフ型燃焼室とフラットなピストンヘッドも相まって、レギュラーガソリン仕様ながら10.0の高圧縮比を実現。当時の10モード燃費は17.2km/Lと高性能かつ低燃費の両立も重要視されていた。