身体の状況を問わず、どんな人にもクルマで移動する喜びを
モータージャーナリストとして、商品としての自動車の評価をさせていただくことを生業としていると、ついつい自動車本来の役割から思いが離れて、「速い・遅い」といった動力性能だったり、ハンドリングがどうだとか、なかには趣味的な思いも混じって見ることもありがちだ。だが、まずは「人や荷物の移動手段」という根源的なところを忘れてはいけない、と今さらに思い起こさせてくれたのが、今回のホンダ福祉車両・製品の体験会だった。
ホンダは国内自動車メーカーのなかでも、早い時期から福祉車両を手がけてきている。足の不自由な人に向けた、手だけですべての運転操作が可能な手動装置や、手が不自由な方に向けた足動装置を、メーカーで開発して車両に架装するかたちで完成車販売しているのは意外なことにホンダ(ホンダアクセス)と、あとはマツダが手動装置つきを用意しているのみだ。
「手を使わずに」クルマに乗るということ
この日の試乗順として、いきなり、いっさい手を使わずに足だけで運転操作を行う「ホンダ・フランツシステム」が架装された最新型の「フィットe:HEV」に乗ることとなった。ちなみに、試乗会は不慣れなわれわれのドライブの安全を考慮して、自動車教習所内のコースにて行われた。
乗ることになったといっても、ふだん当たり前のように手を使っている者にとって、まず乗りこむのに関門が生じる。ドアを開けるにはドアハンドルを引かなければならないわけだが、当然これも足で行うのが前提である。
新型フィットの場合、ドアハンドルの内側に足先を入れこめるくらいのくぼみ形状が与えられているので、なんとかドアハンドル内側に引っ掛けることはできるのだが、その片足だけ高く上げた体勢でドアがしっかり開くまで姿勢を保つには、かなりのバランス感覚を要するのだった。何度かよろけながらやっと開けられたというのが、この日の状況だ。
ドアが開けられれば、シートに身体をすべりこませるまでは日常の乗車とそう変わらない。ただ、シートに着座したら、今度は開いたドアを閉めなければならない。当然これも足で行う。フィットの場合、比較的奥行きのあるドアポケットがあるので、そこに右足先を引っかけてドアを強めに引きこむことで、なんとか閉められた。
シートベルトは、試乗車には工場装着オプションの「パッシブシートベルト」が装着されていたので、ドアを閉めれば自動的に3点シートベルトが身体を抑える形となる。これがオプションなのは、手の不自由な人のあり方もさまざまで、両手とも使えない、あるいは片手は多少使える場合など、障がいなどの状況に応じて選べるようにしているからだそう。
シフト操作も、試乗車には工場装着オプションの、右足で操作できる「足用シフトペダル」が装備されていた。これはロッドを通じて機械的にシフトレバーと連結されており、いわばガチャンガチャンと動く感じで、操作力はけっこう要する。このあたり、車両側が電子式の短いストロークであくまでスイッチとして機能するシフトレバーや、最近増えてきているボタン式であれば、また違ったあり方になるとも思う。だが、個人的にはこの機械式に近いタイプのほうが、操作感がしっかり残ることから、誤操作や勘違いは少なくてすむと思えている。足の動かし方に慣れるまでは、変速あるいはPレンジへの操作が円滑にできなかったが、これも慣れの範疇だと思えた。
ちなみにブレーキペダルから少し離れた上部には、停車時にブレーキを最大踏力域で留めるためのサブペダル「ブレーキロックレバー」があり、ブレーキペダルと同時に強く踏みこむことでブレーキロックとなる。ブレーキを奥まで踏みこむことから、作動にも解除にも足をグッと突っ張るような操作となるが、誤操作防止には、これくらい操作感がはっきりしているほうが好ましい。
こうしてブレーキロックを外し、足用シフトペダルでシフトレバーをDレンジに入れて、ようやく発進にこぎつける。アクセルペダルとブレーキペダルの操作、それによる加減速、制動はノーマル車両と何ら変わりはないので、そこに特別な意識はいらないが、フランツシステムの要は、足でステアリング操作を行うことにある。
足だけで運転する「フランツシステム」の操作フィールは?
左足で操作する足用「ステアリングペダル」ユニットは、このペダルに固定される靴(本来はユーザーに合った靴を装着しておく)に足を入れて(履いて)、自転車のペダルを漕ぐように前転させると左方向に、後転させると右方向に操舵されるというシステム。これもステアリングシャフトと機械的につなげられているので、基本的に操作力は車両のパワーステアリングに多くを依存する。
フィットの場合、操舵力そのものが軽いこともあり、ペダルを回す脚力はさほど要さない。だが逆に、望む操舵角に止める、いわゆる保舵することが案外難しく、オーバーシュート的に回しすぎてしまうことがあり、戻しもピタッと望む舵角に留められない。始めのうちは、車両がユラユラとしながら進むという感じになってしまった。
この種のものは、操作に対する慣れは必要だろうし、実際に使われる方々は、おそらく足の感覚が我々よりも繊細になってくるのだろうと思う。ごく短時間の試乗のなかでは、交差点や右左折でピタッと狙いのラインで走らせることは難しかったが、それでも、次第に速度と操舵の関連が身体というか足から伝わるようになってきて、操舵フィールは足でも感じられるということを実感したのは収穫だった。
フィットe:HEVには「ホンダセンシング」が標準装着されており、スイッチを足先で操作できるように、本来はステアリングスポーク部にあるスイッチパネルがインパネ右下に移設されていた。つまり、そのなかの機能に「レーンキープアシスト」や「路外逸脱抑制機構」などもあるわけで、こうした運転支援システムの進化が、障がいのある方のドライビングを陰から支えることにもなっていると思えた。
ちなみに、ウインカーやワイパーなどの各種スイッチはすべて足先、あるいは足の甲の横側で操作する「足用コンビネーションスイッチ」が標準で取り付けられている。もっとも頻繁に使うウインカースイッチも、足先で押すとオン、もう一度押すとオフというもので、操舵戻りによるキャンセル機構がないので、ここに気を使う。慣れれば、目線を落とすことなく各種スイッチ操作が可能なくらい、身体で覚えてしまうものだろうと思うが、当初はウインカーが作動したままみたいな状況を何度か生じさせてしまい。筆者が不器用であることも露呈したのだった。
ただ、運転の仕方が足だけで行うものであっても、「面倒」とか「大変」とかそういう印象が支配するものではなく、「クルマを自分で動かす」という醍醐味は、何も変わるものではなかった。