2代目(ZAZ-966/968):ノッチバックセダンに共産主義的進化
初代の好調を受けて、第2世代ザポロージェツ「ZAZ-966」が1966年11月にデビューした。ボディスタイルを一新して、今度はすべてウクライナのZAZが設計。2ドアのノッチバックセダンへと進化したのだが……西ドイツの「NSUプリンツ4」との類似は、誰が見ても明らかだった。
ボディサイズは拡大して全長3730mm×全幅1540mm×全高1370mmとなったが、ホイールベースは2160mmのまま。いわゆる「スーサイドドア」は廃止され、リヤのエアインテークが大型化した。「966」のリヤに積むV4エンジンはしばらく先代「965A」の887cc/30psをそのまま使っていたが、1968年に1197cc/41psまで強化した「966B」に進化。車両重量がわずか780kgに留まったため、最高速度は121km/hを記録している。
なおベルギーに輸出されたモデルではエンジンが「ルノー8」用に換装されていた。
そして1971年に「ZAZ-966」の後継「ZAZ-968」が出たが、変更はマイナーチェンジのレベル。ウインカーが大型化してフロントブレーキが改良されたほか、インテリアはさらに質素なものになっている。フロントフェイスは、「966」の縦型メッキグリルが備わった仕様のほか、水平基調のスッキリしたデザインも追加されている。
ザポロージェツの最終バージョン「ZAZ-968M」は1979年に登場。ボディサイドのエアインテークが無くなったほか、エクステリアはメッキパーツから黒い樹脂製に。1197ccのV4エンジンは最終的に51psまでパワーアップされた。
ソ連が1991年に崩壊したあとも、共産世界の大衆車・ザポロージェツは1994年まで生産されていた。
運転補助装置のついた「福祉車両」もあった
ところで冷戦時代のソ連というと、日本からは「鉄のカーテン」の向こう側で、おそろしいイメージばかりかもしれない。だがその一方で、福祉政策に関しては先進国だった側面も忘れてはならないだろう。
幅広い市民に移動の自由をもたらす、という理念のもとに作られた「ザポロージェツ」は、手足が不自由な人のための運転補助装置を追加した「福祉車両」仕様も数多く生産された。身体障がい者や、戦争からの帰還兵には無料、もしくは大幅な割引で提供され、多いときにはZAZの生産量の25%を福祉車両が占めることもあったそうだ。
上述の黄色い「ZAZ-965」と同じくラトビアの博物館にあった赤い1973年製「ZAZ-968 B2」も、もともとは手に障がいのあるドライバー向けの仕様だったそうなのだが、残念ながら博物館に寄贈される前にスタンダード仕様に戻されたものだった。
そこで1992年時点での「ZAZ-968Mシリーズ」の、福祉車両の技術マニュアルを入手してみた。両足が動かせない人のための手動運転装置では、アクセル操作はステアリングホイール内のパドル、ブレーキはシフトスティックの脇のバー、クラッチ操作はダッシュボードのスイッチでできる構造だ。
ほか、左半身が不随なドライバーが右手と右足だけで運転するなど、多彩なにケースに対応した図が掲載されていた。
ZAZでは「ザポロージェツ」シリーズのあとも、「タブリア」シリーズなどを経て、現在はGM車などのライセンス生産を中心に、東欧のマーケットに向けたクルマを作っている。
ウクライナという国のひとつの歴史として、ZAZとザポロージェツを記憶の片隅に留めておきたい。