「車高の低さ」と「しなやかさ」という矛盾との戦い
レーシングカーとはすなわち、ハードなサスペンションで乗り心地の悪さと引き換えに速さを手に入れ、その乗りにくさを神業的なドライビングでねじ伏せるレーシングドライバーが操る、悪魔のようなマシンである……というのは真っ赤なウソ。現代の速いクルマは、全然そんなことないのである。
昔のレースカーも硬くしたかったわけではない
レーシングカーのサスペンションがガチガチで、それをなんとかねじ伏せる「アスファルトの上の格闘技!」だった時代もあるのかもしれない。あるのかもしれないが、現代はまったく違うし、昔でもそんなことなかったクルマもある。グループC時代の「ポルシェ962C」は極めて運転がラクだったとは、中谷明彦先生のお言葉だ。
「速いクルマはサスが硬い」という世間の偏見は、たとえばグループA時代の「カルソニックスカイライン」に乗る星野一義選手が、豪快にインカットして片輪走行している姿などがよく知られ、そういったイメージが強く残ってしまったと思われる。
実際あの時代のグループAのマシンを見るとサスは硬そうである。でも、それが理想だったわけではなく、レギュレーション内で速く走るためには、あ~するしかなかったのだろうと推測される。レースにはいつの時代もレギュレーションがあり、その範囲内で速さを求めた結果、望んでいたものとは異なっても、そのときはそれが最善だったということは多い。
タイヤに優しい足まわりが勝利につながる
たしかにサスペンションを硬くしたほうが動きはクイックになる。次の動作に移るまでにサスペンションがストロークする時間の分、待たなくていいので素早く次々に操作でき、タイムを出しやすい。
しかし、同時にタイヤに急激に荷重が掛かったり抜けたりするので、タイヤのダメージが大きくなる。消しゴムを机に激しく擦ったらすぐに減ったり、折れてしまう。あれと同じことである。
レースでは一瞬だけ速くても勝てない。できるだけタイヤに優しい足まわりに仕上げて、コンスタントにラップタイムが速いほうが勝てるのである。
だから、現代ではできるだけしなやかにサスペンションを仕上げたい。できることなら縁石を踏んでも何も起きないくらいにすれば、縁石上も適宜コースとして活用できる。
でも車高は下げたい。車高が高いと空力的な効果が望めないからだ。フロア下は路面と近いほうがダウンフォースを得られるので、車高は低くしておきたい。そうなると「ストロークは短く、でもしなやか」という、矛盾した足まわりが欲しくなる。
レース用ダンパーはフリクションを極限まで下げる
そこでレーシングカーでは「ハイバネレートで車高は低く、ストローク量も短く」している。でも、しなやかにするために「減衰力は極力最小限」でセットしているのだ。ガチガチに見えるが、乗ってみると意外と柔らかい動きをする。
そんな理想的な動きに重要なのが、ダンパーの性能だ。低い減衰力と同時にフリクション(摺動抵抗)の少なさが要求される。このフリクションが大きいと、バネの硬さにフリクションがプラスされ、ろくに沈まずにドライバーは車内でジャンプしてしまう。
フリクションを極限まで下げるためには、ダンパー内の各パーツの高精度な仕上がりと、抵抗を抑えるコストの掛かる表面処理などが行われたりする。数百万円のレーシングサスペンションには相応の理由があるのだ。
目指すところは「硬さ」ではなく「しなやかさ」
市販のサスペンションだと正直、レーシングサスペンションほどの性能はない。そこまでフリクションを減らせるようにすると途方もない金額になってしまう。なので、ストリートカーでバネレートを高くすると、いまだに乗り心地が快適とはいえないことも多い。結果的にガチガチになってしまっていることもあるのだ。
だが、目指すところはガチガチにしたいわけではなく、短いストロークのなかで、できるだけしなやかに、タイヤと路面がずっと接しているようにしたい。これが現代のサスペンションの考え方なのだ。