商用車&ファミリーカーとして愛されてきた「ワーゲンバス」
先ごろ、フォルクスワーゲンが「ワーゲンバス」のDNAを持ったとする新たなEVワンボックスカーの「ID. Buzz」を発表しました。と同時に、ネット上では「これはワーゲンバスじゃない!」と否定的な声が上がっています。これはクルマに限らず人気のあったモノやコトが新たなモノやコトに移行する際に、必ずと言っていいほど起こる現象です。ということで、今回はワーゲンバスの系譜を振り返ってみることにしましょう。
原点は現物利用で出来た工場内の荷物運搬車だった
フェルディナント・ポルシェ博士が生み出した「フォルクスワーゲン・タイプ1」、いわゆる「ビートル」は、「ポルシェ356」を経て現在ではスポーツカーのアイコンともなった「ポルシェ911」を生み出しています。その一方で、今回の主人公である「フォルクスワーゲン・タイプ2」をも誕生させています。
ちなみにタイプ1のビートルや今回の主人公であるワーゲンバスを含んだ「トランスポーター」以外にも、「タイプ3」と「タイプ4」があり、ビートル以外のセダンとステーションワゴン/バンが、このグループに含まれています。お洒落なクーペとして知られるカルマンギアもあります。こちらも興味深いのですが、また今度紹介することにしましょう。
ということでいよいよタイプ2、トランスポーターの歴史を紹介していきましょう。トランスポーターが生まれることになったきっかけは、戦後の復興を目指して世界が動き出した1947年のこと。ウォルフスブルグのVW工場を、オランダでインポーターを営んでいたベン・ポンが訪れた時のことでした。彼が目にしたのは工場内を行き交う奇妙な荷物運搬車でした。じつは工場内でパーツを運ぶトラックが不足していて、現場でビートルのシャシーを利用してにわか仕立てでつくられたものだったのです。
しかしひと目見て、トラックとしての可能性を感じたポンが、工場を統括していたハインリッヒ・ノルトホフにイメージスケッチを見せて提案。ノルトホフもすぐに了承し、タイプ2のプロジェクトは一気に動き出したのです。愚才には到底縁のないエピソードですが、クルマづくりの天才たちには、このような閃きの出会いがあることも、どうやら珍しくはないようです。
T1(1950年~ 通称アーリーバス)
もともとビートルは、バックボーンとなるパイプに枠とフロアパネルを取り付けたフレームのリヤエンドにエンジンをボルト止めしていました。そんなビートルのシャシーをベースにトラックを仕立て上げる、というのがポンのアイデアでした。しかしビートルのシャシーをそのまま使っただけでは、商用車としての荷重に耐えきれないと分かり、新たにラダーフレームが用意されることになりました。またサスペンション自体はビートルから転用されていますが、アームなどを強化すると同時にバネレートも高められていました。
エンジンもビートルからの転用でしたが、チューニングも同じで1131ccの空冷プッシュロッドのフラット4(水平対向4気筒)は最高出力も25psに過ぎず、たくさんの荷物を運搬するトラックとしてはアンダーパワーは否定できませんでした。その後、数度にわたって排気量の拡大/パワーアップが実施されています。またアンダーパワーへの対処のひとつとして、リヤハブ内に減速ギヤを組み込んだリダクションハブが組み込まれていましたが、これは戦時中に「キューベルワーゲン」などに採用され、実績を積んだパーツ/システムでした。
飾り気のない直方体、というか山型食パンのようなボディは室内スペースを稼ぐ意味からも有効で、パネルバンからマイクロバス、そしてピックアップまで数多くのバリエーションが用意されました。ですが、マイクロバスをベースにキャンピングカービルダーの「ウエストファリア」が仕上げたキャンプモビルは、今も根強い人気の1台となっています。