クルマ同様に純正用品もこだわりが込められた
ホンダのミッドシップピュアスポーツ軽オープンカー・S660が2022年3月、惜しまれながらもその生産を終了した。S660の開発にあたっては、原型となるモデルの企画を提案した、当時まだ22歳だったという椋本 陵氏が、本田技術研究所史上最年少でLPL(開発責任者)に抜擢。数多くの専用構造・部品が用いられるなど、ホンダとしても異例ずくめの体制が採られている。
だがそれは、S660の車両本体だけではない。ホンダアクセスが開発したその純正アクセサリーも、クルマ好きな開発エンジニアのこだわりを満載した、単なるドレスアップに留まらない機能的なチューニングパーツとユーティリティアイテムが数多く開発された。そのうえデビュー後も新規アイテムが随時追加されるなど、やはり異例ずくめだったのだ。
純正アクセサリーとモデューロXの目指す先は一緒だった
まずはエアロパーツ。純正アクセサリーはドレスアップが主目的というものも多く、空力は大きくマイナスの影響を与えないよう配慮される程度なのが一般的だが、S660はピュアスポーツカー。その純正アクセサリーを購入するユーザーも、こだわりの強いクルマ好きが多いと想定できる。
そこで、車両本体のデザインをさらに引き立てることはもちろん、ホンダアクセスが理想とする“実効空力”、風を味方につけている。日常域でも体感できる質感の高い操縦安定性を備えることを、単品装着が可能な「フロントフェイスキット」や「リアロアバンパー」、「アクティブスポイラー」でも追求。
なかでも、ホンダ車初かつ軽自動車初採用となったアクティブスポイラーは、スポイラー本体と電動昇降機構を格納するためのスペースを設ける必要がある。そのため、車両本体を設計する際にそのスペースが予め盛り込まれたとのこと。
さらに、モデューロ開発アドバイザーを務める土屋圭市さんによれば、「ベース車と同時発売する純正アクセサリーと(コンプリートカーの)モデューロX用パーツは同時進行で開発していた」のだとか。また、S660用純正アクセサリーの開発を指揮したホンダアクセスの松岡靖和LPLは、「純正アクセサリーとモデューロXとで開発の目標自体は変わりません」と断言する。
ただしS660の場合、「当初は純正アクセサリーをコンプリートしたものを半年〜一年後にモデューロXとして発売する予定でしたが、諸般の事情で3年少々の時間ができました。その間に実効空力操安の知見も深まったので、上層部に無理を言って投資してもらい、モデューロX用に進化した専用フロントバンパーを開発しました。上層部に『3年経つのでフロントマスクも変えたいです』と言ったら、『3年前にも、いいのができた、って言っていたが、それを超えるものを出せるのか?』と突っ込まれたので、『いや出せます』と返しました(笑)」というエピソードも。
その結果、「モデューロX用のフロントバンパーが良くできすぎてしまい、かえってリヤのダウンフォースが相対的に足りなくなったため、モデューロXのアクティブスポイラーにはガーニーフラップを追加しています」。エアロの追加でトータルバランスを再度調整したのだ。
こだわり抜いたサスペンションの減衰力セッティング
また、S660には「モデューロサスペンション」が純正アクセサリーとして設定されている。こちらは新車装着のものよりスプリングレートを約10%高めつつ、減衰力の伸び/縮み配分を最適化。しなやかで路面に吸い付くように走るので、乗り心地はむしろ良くなっており、上質に感じられるようチューニングされた。
なお、純正アクセサリーは固定式だが、モデューロX用は5段階の減衰力調整式に変更。そのなかでもっとも硬い「5」段目が純正アクセサリーとほぼ同等の減衰力となり、それ以下の「1」〜「4」は乗り心地を良くする方向でセッティングできるようにしたという。この減衰力設定には、土屋さんの並々ならぬこだわりも盛り込まれている。
「コンプリートカーのモデューロXを買ってくれる人は年配者で、20〜30代じゃ買えないだろうなと。そうなると、スポーツ性能が高いのは当たり前で、乗り心地や走りの質感を出さないと買ってくれない。だから『5』は、1年に1回はサーキットを走ってみたいという人のためのもので、普段乗りが99%でも、スポーツ走行したときに気持ち良く走れるようにした」
「じゃあ『1』〜『4』はというと、隣に乗る人のためのもの。年配の女性や子ども、孫を乗せていいクルマだろう? と言えるような乗り心地を確保した。それは、2008年のFD2型シビック・タイプR用サスペンションと一緒。公道を走る以上、まずは同乗者のことを考えるよね」
適度にたわませることへこだわったホイール
そして極めつけは、「S660の車体に合った剛性バランスを追い求めた(松岡LPL)」という、「モデューロアルミホイールMR-R01」だろう。縦剛性と横剛性のバランスを取り、ホイールを適度にたわませることでタイヤの接地面圧を高めるというその開発思想は、ホイールは軽くて剛性が高いほど良いという一般的な考えとは相反する。それだけに、試作・製造を担当したホイールメーカーも大いに驚いたというが、それは開発時にブラインドテストを試された土屋さんも同じだったようだ。
「剛性が低いものから高いものまで、試作ホイールが5種類用意されたのですが、どれがどの仕様かを絶対に教えてくれない。クルマから降りてタイヤを見ようとしても『あああ、ダメです』と見せてくれないわけです。で、全部試乗したのですが、1日目は正直バカにしていた。レースでずっと同じようなことをしてきたから、『こんなゴムブッシュの付いた市販車で分かるわけねえだろ』って。だから1日目は、そんな先入観もあって、本当に分からなかった」
「でも丸一日乗ると、2日目の午後から5種類乗ったあとに、『3番にもう一回戻してみて』と言えるようになった。『どうしました?』『いいから3番に戻して』と。で、乗ってくると、『あ、やっぱり3番だな』と言うと、『なんでですか?』と上から目線で聞いてくる(笑)。だから、『このS660のボディ剛性に対してホイールのしなり方が、波長が合っているよ』と」
「そう説明したら、今度は『番号を言わないので、これに乗って下さい』と来るわけです。『まだ俺は試されんのか』と(笑)。でも乗ってみると、『これは硬い』『なぜですか?』『つねにステアリングに振動が来る』。そうしたら『次はこれに乗って下さい』というから、走ってきて戻って『これはしなやか。でもスポーツカーのホイールじゃないね。ファミリカーのホイールだよ。80〜90km/hを超えるとワインディングのS字コーナーで切り遅れが出てくる。これは剛性がないでしょう。だからこれはS660には合わない』と伝えたのです」
「それで『もう一度3番のホイールを入れて』と頼み、もう一度走ってみると、S660が持っているボディ剛性に対して同じ周波数でしなってくれる、ものすごく気持ちのいいホイールでした。そうすると今度は、そこからまた新しい試作のホイールが出てくるんです。2番寄りの3番や、4番寄りの3番とか。たくさん試作してきましたが、俺でも心配になってくる……こんなに金かけて儲かるわけねえだろ」と土屋さんは語る。
これほどの作り込みを実走テストで行ったのは、「われわれも当時は全然知見がなかったので、本当に手探りで、物を作ることしかできませんでした」と松岡LPLは振り返る。「そのあとは理論的にある程度分かってきたので、最近はだいぶ試作本数が少なくなっています」とのこと。そう、この剛性バランスを追求したホイール作りは、その後のモデューロX各車にも継承され、ノウハウも着実に蓄積され続けているのだ。