ポルシェからホンダしか愛せなくなった男の物語
かつて「水冷FRポルシェしか愛せない男」として自動車雑誌を賑わせたことがあるMさんは現在61歳。実車を含め、趣味グルマ関連のアイテムを自宅に置くと家人に怒られてしまうので別邸を用意し、1/1スケール(実車)とミニカーの収集をバランスよく楽しんでいる。大谷翔平選手よりも先に二刀流を確立していた、“もう普通の生活に戻ることができない偉人”のひとりだ。
プラモデル作りが大好きなMさんは、2020年11月に仕事をリタイアし、大小の水冷FRポルシェに囲まれたクリエイティブかつ優雅なセカンドライフを楽しんでいる……と思っていたが、根っからのマニアなのでそういうことにはならなかった。
ふと、SNSを拝見したら、退職が転機になったのか「ホンダの600ccクーペしか愛せない男」になっていたのだ。600ccのクーペを買った経緯を紹介する前に、まずはMさんの全6台におよぶ水冷FRポルシェ遍歴を記すことにしよう。
さまざまな仕様の928や924を乗り継いだ
「初めて買った1986年式の928S/ATを1999年6月~2009年6月まで愛用。シャンパンゴールドだった928Sをキープしながら1980年式の924/ATを増車したのです。黒メタリックから緑メタリックへと外装色を変更したこの924を、2000年11月~2009年8月まで所有しました。その後、白い1985年式、あれ、1986年式だったかな? 924S/ATを2007年2月に買い、これを2012年9月まで愛用。同じタイミングで2007年3月にブルーメタリックの1980年式928/MTを入手し、こちらは2009年5月からサーキットの狼ミュージアムに展示してもらい、2018年3月に正式譲渡しました」
全6台ともなると購入劇はまだまだ終わらない。
「白い1982年式で1983年登録の928/ATを2012年6月に買い、これを2020年5月まで所有。つい最近まで乗っていた1977年式の924/ATは2020年1月にヤフオクで買いました。レストアベースの924ターボを2回買いましたが、いずれも作業を完遂できませんでしたね」
まさにマニア(=ヘンタイ)なのだが、Mさんが水冷FRポルシェしか愛せない男になったのには理由があった。Mさんの父親がミツワ自動車に勤めていたらしく、目黒営業所の所長をやっていたこともあるのだという。
「当時オヤジが営業車として使っていた928で帰宅することがありました。ぼくが高校生とか大学生のころの話です。すげぇ~クルマだと思いましたよ。そのころの刷り込みがあると思います。ぼくが結婚したときの仲人の送迎は、オヤジがミツワから乗って帰ってきた928S4でした。でも、オヤジは944が一番乗りやすいと言っていましたね」
Mさんは最初期型に近いモデルが好きとのことで、924の発展型である944と968の実車は購入しなかった。
「一時期、水冷FRポルシェの4種を揃えようと思いましたが、ミニカーもコンプリートしたいので、完全網羅は無理だと思ってやめました」
そのように話してくれたMさんだが、運転時に水冷FRポルシェを持て余すようになり、少し追い金を払うかたちで白い928/ATを1965年式ホンダS600と交換してしまった。その後、924/ATも手放し、1999年から続けてきた水冷FRポルシェワールドに終止符を打ったのだ。
928のホイールにガリ傷を付けてしまったことをきっかけにホンダS600を購入
600ccクーペを買った経緯についての詳細も伺ってみた。
「2019年9月28日のことです。928のオフ会に行く途中、道に迷い、Uターンするときに縁石でホイールに傷をつけてしまいました。本当にガッカリしました。この一件で自分の老化による車両感覚の衰えを感じ、928との別離を意識するようになりました。そして、2020年5月にヤフオクでホンダS600の手ごろな価格のモノを発見。255万でした。折しも928がネオクラシックとして価格が高騰し始めている時期だったので交換を申し出たところ、追い金15万で交渉が成立。5月15日に初めてのS600としてオープン仕様を入手しました」
「このエスロクオープンとわずかな追い金で交換できた1982年式の928は2012年にヤフオクで落札したものですが、そのときの金額は32万9000円でした。エスロクオープンのナンバーは“埼玉”ではなくオリジナルの“埼 56”を維持しているのが付加価値でしたね。その後、古河市に住んでいるエスに詳しい人と知り合いになり、面白いのはエスロクのクーペだと助言され、気になり始めました」
「2020年12月にふたたびヤフオクで手ごろなS600クーペを発見。これは330万円でした。わがオープンのエスロクとの交換を申し出ましたが、問い合わせが多いので待ってくれと言われてしまいました。2021年1月にヤフオクは落札なく終了しましたが、お店のホームページにまだエスロククーペが掲載されているので、再度連絡し、交換を相談。ヤフオクに出ていたエスロククーペはもともとRSCホイールを履いていましたが、自分のエスロクオープンのオリジナルホイールと交換することと追い金30万円で交渉が成立し、S600クーペを入手することができました」。
手元にあった最後のFRポルシェがオーバーヒート! ホンダ車にシフトするきっかけとなった
水冷FRポルシェを6台も乗り継いだMさんがこれで満足するはずがなく、念願のホンダエスを手に入れたことで、さらにホンダ熱が高くなり、ペアで並べることができるクルマの物色を開始した。
「2021年8月5日にヤフオクで超稀少な逆輸入車のZ600、しかも右ハンドルを見つけてしまいました。200万でしたね。価格交渉可だったので1割引きの180万円で交渉成立し、退職金をつぎ込んで購入しました。ちなみに、60歳での定年退職は2020年11月末日のことです。2021年10月23日に、翌日開催のイベントに参加するため924で高速道路を走行中、ウォーターポンプが破損しオーバーヒート。エンジンが軽い焼き付き状態となり、不動になってしまいました。これをきっかけとして、手元にあった最後のFRポルシェまで手放すことを決意し、完全にホンダの旧車に趣味がシフトしたわけです」
「S600クーペの魅力は、なんといっても名車のホンダエスであること。しかも、S600クーペは生産台数が1300台弱という、稀少なS500に次いで生産台数が少ないです。その数は1800台弱と言われています。さらに自分のクルマはボディ色を変えているとはいえ、純正色で稀少なパステルブルーであることも魅力です。純正では輸出仕様として数台しか生産されていないとのことです」
「Z600の魅力は、まず、国内販売はされなかった貴重な輸出仕様であること。しかも、右ハンドルは非常に少ないです。また、購入して初めて知ったことですが、この空冷ツインのエンジンはとてもトルクフルで乗りやすいです。S600クーペのペアとして、エスハチやビート、S660、頑張って初代NSXなども考えましたが、今回、運よく縁があって、この稀少なクルマを入手することができました。ホンダ旧車ペアとして満足しています。ちなみに、欧州ではN600がホンダ600セダン、Z600がホンダ600クーペと呼ばれていたことも加点要素ですね。ホンダの600クーペの2台持ちで、両方とも右ハンドルという自動車趣味を実践している方はほかにいないと自負しています」
自身で「稀少なホンダの旧車、600クーペを2台愛でるヘンタイ爺」というキャッチコピーを考えてくれたMさんは、Z600を普段使いにしようと考え、電動エアコンを装着したそうだ。
そして、S600クーペの維持管理のためにデフとチェーン駆動の部品をヤフオクで落札したらしく、これも結構安く入手できた! と話してくれた。根っからのヘンタイは、愛車の毛色がガラリと変わってもヘンタイなのであった。