今もなお愛され続けるホンダ・ビートの魅力とは
S660が生産終了となった今でも、マニアなファンの間で根強い人気を誇るホンダ・ビート。1991年のデビューからすでに30年以上が経過するなかで、生産台数(3万台以上)の半数以上が現存するなど、多くの人たちから今もなお愛され続けている。普通に考えれば、今後その人気はS660に移るのだろうが、S660の中古車価格が高騰していることもあり、ビート人気に陰りは見られない。
その理由はNSXと同様に、F1をはじめとしたホンダがモータースポーツで輝いていた時代のクルマであったことに加えて、バブル時代の名残りや郷愁、愛らしいスタイリングのほか、高性能なエンジンなどにある。
移動の足じゃなくドライビングを楽しむ相棒的存在
ビートのスタイリングは「クルマ生活を楽しくする友達のような存在」がコンセプトであった。ひと目で軽自動車のオープンスポーツカーだとわかるプロポーションは、スポーティでありながらフロントマスクは少々そっけなく見えるものの、嫌みのないものであった。
また、全長3295mmのコンパクトなボディに対して、軽自動車としては長い左右のドアを持ち、体格の大きな人が乗ればクルマが小さく見え、逆に小さな人が運転すれば大きく見えるなど、短い前後オーバーハングと相まってどこかホビー感を漂わせるフォルムが秀逸だった。
バブルの名残りで高揚感に沸くなかパーソナルカーとして人気を博す
当時はバブル景気が終焉を迎えようとしていたものの、現在に比べれば豊かで高揚感のある時勢のなか、セカンドカーとしてドライブをひとりで楽しめるという理由で購入した人は多かった。とくにこのスタイリングゆえに「荷物なんか積めなくて良い!」と老若男女問わずに愛され、5速MT車のみという硬派な設定でありながらも好調に販売台数を伸ばした。
当時は免許制度にAT限定が導入される前でもあり(※ビートの発売から半年後の1991年11月から)、MT車の運転の得手不得手は別にして、免許を取得したすべての人がMT車を運転することができた時代。オープンカーの軽自動車でしかもMT車というハードルは、現在と比較すると決して高くなかったワケだ。
軽自動車初のミッドシップ2シーターオープンカーとして誕生
FF車を得意としていたホンダであったが、ビートは軽乗用車で初めてミッドシップレイアウトを採用した2シーターフルオープンカーとして華々しくデビューした。エンジンをはじめボディ&シャーシには当時絶大な人気を誇ったF1直系を連想させる高性能なものが与えられ、それだけで胸が熱くなったユーザーも多かったはず。
前年(1990年)には初代NSXがデビューしていたが、あちらはスーパーカーであったのに対して、ビートは車両本体価格が138.8万円(税抜)とリーズナブル! オープン2シーターでMT車というニッチな存在ながらも、発売時に月販目標台数を3000台としたことには、ホンダとしてある程度の自信があったのではないかと考えられる。
速さを求めるよりも運転する楽しさに満たされた
エンジンはトゥデイにも搭載された、E07A型660ccのMTREC(エムトレック)3気筒12バルブNAを採用。自然吸気ながら軽自動車の自主規制いっぱいの64psを発生させたが、その走りは決して「速い!」と言えるものではなかった。当時のライバルであったスズキ・カプチーノやマツダ・オートザムAZ-1も同じ64psであったが(それ以上出ていた可能性もある)、ターボを積んでトルクが豊かなライバルたちとは異なりトルクが薄く、軽自動車のなかでもとくに高回転型のビートは、腕を磨かなければ速く走れないクルマであった。
つまり3連スロットルやF1譲りの電子制御燃料噴射装置を備えていても、自然吸気では限界があり、手慣れてないと実力を存分に発揮させるのは難しかった。ちなみに5速MTはシフトストロークを40mmに設定したスポーティなもので、ビートを運転してMTの楽しさを知った人も多かったのではないだろうか。
ちなみに1990年代初頭は、すでにAT車全盛の時代ながらMTのみという潔さは、のちのS2000にもつながっている。もちろん初代のEK型シビックからラインアップされたシビックタイプRもMT専用車であり、それは5代目のFK8型まで継承された。
懐かしさを味わわせるアナログ感がS660にはない刺激に!
ビートの後継モデルとして誕生したS660も残念ながら生産が終了した。クルマの生い立ちを考えると、1991年生まれのビートと現在の最新技術が投入されたS660は、同じミッドシップ2シーターオープンカーという共通項はあっても、似て非なるクルマだ。
軽自動車でふたりしか乗れないが、速くて快適性に優れ、安全装備充実のS660に対し、ビートは軽自動車で初めて運転席エアバッグを装備したものの、電子デバイスはいまの軽自動車と比べれば少なく、ドライバーがやるべき操作は多かった。こうしたちょっと懐かしさを感じさせるところも、ネオクラ世代と呼ばれるビートの魅力だろう。これは最新ではないがゆえの“味”とでも言うべきか。また走行中に髪が乱れても、MTを駆使してエンジン性能を発揮させないと速度を維持させることは難しく、そこに操る楽しさがあったと言える。
スペックより記憶に残る楽しさこそがビートの魅力であった
筆者は友人がビートを所有していたことから、助手席でその走りを体感することがほとんどだった。もちろん取材などで運転席に座り試乗したことはあったが、助手席でのあの懐かしい記憶はいまも鮮明に蘇る。こじんまりとした助手席で、夜な夜なたわいもない会話を楽しみながら過ごしていた時間が懐かしい。
ホンダ・ビートが持つあの時代の空気感。あの時、あの時代の心のなかに響き渡っていた鼓動。新車からずっと所有し続けるオーナーのなかには、ビートと一緒に過ごした30年の濃縮した思い出に溢れていることだろう。もちろん「憧れのクルマだったので免許を取得してビートの中古車を買いました」という人もいるだろう。いずれにしても運転席の後方から聞こえるあのビートが、所有した多くの人たちの記憶のなかで今も響き渡っているに違いない。
■ホンダ・ビート(PP1)
○全長×全幅×全高:3295mm×1395mm×1175mm
○ホイールベース:2280mm
○トレッド:前/後 1210mm/1210mm
○車両重量:760kg
○乗車定員:2名
○室内長×室内幅×室内高:915mm×1215mm×1075mm
○エンジン: E07A型直列3気筒SOHC
○総排気量:656cc
○最高出力:64ps/8100rpm
○最大トルク:6.1kg-m/7000rpm
○サスペンション 前後:ストラット式/ストラット式
○ブレーキ 前後:ディスク/ディスク
○タイヤサイズ 前・後:155/65R13・165/60R14