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日産ファンなら忘れるべからず! 「スカイライン」&「グロリア」を生んだプリンスに敬礼

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TEXT: 佐藤幹郎  PHOTO: Auto Messe Web編集部

皇室から重用されるほどの高性能さを誇ったプリンス

 それに対してグロリアは少しマイナーな存在だった。元はスカイラインの上級モデルであり、レースでは華々しい結果こそなかったが上質なつくりが好評。高級車としての地位をこの時代に確立した。また、同じ路線を継承した2代目グロリアも大企業はもとより、宮内庁の愛用車として評価され、1967年に前述した御料車のプリンスロイヤルにつながる。プリンス・ロイヤル

 このプリンスロイヤルは、日産自動車が合併する以前にプリンス自動車が開発したモデルであり、プリンス自動車がその高い要求に応えたわけだ。それまでの皇室用のクルマは外国メーカーのモデルが採用されていたのだが、その意味では日本のプリンス自動車が採用されたことの意義は非常に大きい。戦後の短期間のなかで技術レベルを一気に築き上げたことが、いまの日本車の高性能化にひと役買っているのは間違いないだろう。

 ちなみに第二次世界大戦の敗戦国は航空機の開発・製造を行うことが許されなかった。そのため、中島飛行機をはじめとした高い技術力を持つ航空機のエンジニアたちが自動車製造に関わるようになり、アメリカは別にして奇しくも日本とドイツ、イタリアが戦後の自動車産業をリードしていくことになる。つまり日・独・伊の自動車メーカーの躍進には、歴史的な背景があったことは無視することができない。

日産との合併でセドリックの姉妹車としての歴史を歩む

 そしてグロリアは3代目から日産のブランド名を名乗ることになる。左右縦目2灯のスタイリングはアメリカ車の懐古的なスタイリングであったが、プリンスロイヤルを彷彿とさせる外観とプリンスの技術が活かされたことで人気を博した。だが、プリンス自動車が日産自動車と合併をしたことに加え、日本では販売台数が望めない高級路線だったこと、さらにマイカー時代を迎えた日本では安くて壊れないことが重要視される時代となり、セドリックの姉妹車としての役目を果たしていく。3代目グロリヤ

 ちなみにセドリックの名前は世界的な物語である「小公子」の主人公から拝借したと言われている。物語の舞台はアメリカであったが作者は英国出身。プリンスの意味は王子や皇太子であり、長くセドグロの愛称で呼ばれた両車は、互いに皇室(王室)と親和性のあるモデルであったのが興味深い。

RV&ミニバンブームの台頭でセログロの歴史は幕を閉じる

 日産(プリンス)のスポーツモデルの雄がスカイラインなら、セドリック&グロリアはのちにトヨタのクラウンと同様にラグジュアリーカーの歴史を辿る。しかし1990年代に入ると世の中はRVブームやミニバンブームの時代を迎え、エルグランドやセレナ、ラルゴが台頭。少しずつセドグロの存在感は目立たぬ物ようになり、2004年にセドリック(10代目)&グロリア(11代目)はフーガに引き継がれる。Y34型グロリア

 以前はプリンス店に電話をかけると「スカラインの日産○○店です」という応答があったが、今は昔。ディーラーの店舗名として、または販売会社名としてプリンスの名は存続しているが、すでにプリンスの名は過去のものとなってしまった。

 ただ、日本にプリンス自動車というメーカーがあったことを記憶の片隅に留めておいてほしい。どうしても横綱級のスカイラインの陰に隠れてしまう存在だったが、技巧派の大関や関脇的な存在として日産が輝いていた時代には、つねにグロリアとセドリックの存在があった。

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