旧辰栄工業の技術を伝承する日清紡精機広島
東広島市の工業団地にある日清紡精機広島で対応していただいたのは、営業部の中井 洋部長である。前身の辰栄工業は、戦後間もなく可動式消防ポンプの製造販売メーカーとして広島市内に設立され、東洋工業のブレーキ部品の製造委託を受注する。その後は数多くのマツダ車のブレーキ製造を担ってきた。
バブル経済の終焉後にドイツのメガサプライヤーに買収されたあともマツダとの取引は継続していたが、リーマンショックとともにそのメガサプは中国に軸足を移すことに。マツダとの取引も希薄になっていくなか、日清紡グループの傘下となり、旧辰栄工業の事業を継承することとなった。まさにマツダの浮沈に大きく左右されながらも生き抜いてきた地場サプライヤーなのである。
現在はSKYACTIV技術の一端を担う納入メーカーとして、吸排気制御バルブの生産などに携わっているが、一方で辰栄工業時代に培ったシリンダー技術を伝承するため、レストア部品事業を立ち上げている。そのきっかけは、マツダ100周年事業の一環でスタートしたコスモスポーツのレストアであった。ブレーキ部品のオーバーホールを担当したことから、コスモスポーツオーナーズクラブのメンバーの方に伝わり、シリンダーパーツを復刻生産することとなったのだ。
大事なクルマを末長く保有するため、ブレーキ部品のリフレッシュはマストである。100台分限定で継続生産はしないという条件でブレーキシリンダー、クラッチシリンダーなどの3部品を復刻し納めている。手順は、オリジナルパーツを3Dスキャンして3D CADに取り込み、新たに現代技術でシリンダーを成形。ピストンやバルブのようなインナーパーツは、現代のパーツを移植して成立させている。コスモスポーツの場合は、初代ロードスターの構成部品が活用できたと言う。
レストア事業を正式に発足させることを決めていた広島マツダは、コスモスポーツの事例をもとに、少量レストアに応じることができるかを日清紡精機広島に相談した。小規模でもカスタマー要求に応えたい、という両社の思惑は合致。T2000のブレーキシリンダーの補修を実施することになった。
日清紡精機は分解洗浄に始まり、外観ケースの錆落としと塗装、内径研磨を経てピストンを新規設計製作し、ガスケットやラバー部品を調達して組み上げおよび性能検査までを実施している。「新規設計製作が発生すると、費用はグンと上がります。ある程度採算度外視でないと実現しないですね」と中井部長は語る。
一方、広島マツダの山根取締役は、「昨年はレストアされたマツダ737Cレースカーのエンジンオーバーホールも担当させていただき、今回弊社のT2000が蘇ったことで、レストアを収益事業化しようということに決定しました。修復第2弾は、昭和49年式のポーターバンです。FR駆動方式の軽規格バンで、2サイクル2気筒水冷360ccエンジンを搭載しています。こちらも補修部品が無く普通にオーバーホールが出来ないブレーキ部品の修復を日清紡精機さんにお願いしており、今年の夏前にはふたたび走れるようにしたいと考えています」と語っている。その噂を聞きつけた旧車オーナーからの問い合わせが増えているという。
かつて大量生産ラインの一端を担いながら、時代の流れとともに事業形態の変化を余儀なくされた地場サプライヤーが、かつての技術を伝承するためにレストア事業を起こし、大量生産されたクルマを販売し定期的な点検メンテナンスを担当する地元の自動車販売会社が同じようにレストア事業をスタートさせる。「クルマを大事にしているカスタマーの願いを叶えたい」。両者に共通する話を聞いていると、戦後の手工業時代から綿々と培った真面目なニッポン人のクルマに対する心意気を垣間見た気がした。