サーキット仕込みのスポーツカーといえば「タイプR」
この夏にも登場予定の、通算6代目となる新型「シビックタイプR」。先ごろ先代が記録した鈴鹿FF最速ラップタイムを塗り替えたばかりで、正式デビュー前からファンの注目を集めているところ。とあるSNSで開発責任者のKさんが「己を超える旅路に終わりなし」と投稿されているのをお見かけしたが、まさしく有言実行を地でいくエンジニアとクルマだとつくづく思わせられる。
NSX-R:「本籍はサーキット」
ところでこのタイプRのそもそもの起源は、1992年に登場した「NSX-R」だった。モノトーンの表紙に大きな「R」とNSX-Rのロゴをあしらったシンプルだが立派な専用カタログは、期間限定生産車ながらわざわざ用意されたもので、表紙をめくると「少年は夢を見た。NSX-R。」と思い入れたっぷりのコピーと、対向ページには第1期F1を象徴するゼッケン11番の「HONDA RA272」の写真が。もちろんそれはメキシコGPで日本車初のF1優勝を果たしたマシンだ。
さらにそこから4つ折りになった次のページを開くと、今度は大写しになったチャンピオンシップホワイトのNSX-Rと、その背後にRA272の姿が黒い背景に浮かぶ。こういう構成ができるのはホンダならではだ。
ところで「本籍はサーキット」を謳うNSX-Rだったが、あらためて振り返ると、さぞ華々しくスペックが高められたのだろう……と思いきや、意外や、まずとられたのは愚直なまでの軽量化という手段だった。とはいってもその範囲は多岐におよび、挙げると、TCS(トラクションコントロール)、SRSエアバッグシステム、クルーズコントロールといった機能類をはじめ、フォグランプ、パワードアロック、ドアミラーのリモコンなど。
またオーディオ、エアコンを工場オプションとし、これらでハーネス類約6kgの減量になったという。ほかにカーペットやトランクマットの軽量化、遮音材の廃止、リヤのパーティションガラスの1枚化、エンジンルームのメンテナンスリッドのアルミメッシュ化なども行われており、これらの項目はカタログにも記述がある。
さらにアルミホイールの軽量化や、前後バンパービームとドアビームのアルミ化、小型バッテリーの採用。そのほかチタン削り出しのシフトノブなどのパーツもグラム単位でコツコツと重量を削っていき、もともとアルミボディの標準車から、トータルで120kgの軽量化、低重心化、ヨーモーメントの低減が図られた。それは280psの自主規制があった当時としては当然の方策だった。
インテグラ・タイプR:「真紅の、スピリット。」
もう1台、「タイプR」の2番目のモデルとして1995年8月に登場したのが、「インテグラ・タイプR」。それまでのあまり評判が芳しくなかった丸型4灯から薄型ヘッドライトにフェイスリフトが実施された同じタイミングでの登場だ。当時のニュースリリースには「運動性能の徹底追及を図った“TYPE R”をインテグラシリーズに新設定」とある。2ドアクーペのほかに4ドアハードトップも設定された。
「真紅の、スピリット。インテグラTYPE R誕生」とあるカタログは、NSX-RとHONDA RA272の「あの」写真とともに、大型リヤスポイラーも凛々しいチャンピオンシップホワイトのインテグラTYPE Rが。ページを捲っていくとまず現れるのはエンジンを解説したページで、最高出力200ps、リッター111psとパワーウエイトレシオ5.3(kg/ps)をモノにした「DOHC VTEC B18C 96 SPEC.R」の赤いカムカバーの写真が目に飛び込んでくる。
以降、アンダーステアを抑えるためのヘリカルLSDやボディの軽量化の話、そしてMOMOのステアリング、RECAROのバケットシートの紹介へ。1000万円超だったNSX-Rに対し、FFベースに220万円少々と、より身近だったインテグラ・タイプRが登場した当時の颯爽と誇らしげな雰囲気が、今でもページを開くと伝わってくる、そんなカタログだった。1999年12月にはシリアルナンバープレート付きで、サンライトイエローを加えた全5色のボディカラーを用意したタイプR・Xも登場させた。