70年代以降の、見知らぬスポーツカーも続々発見
続いては2012年に訪れたロシュタイエ城自動車博物館で出逢った1台。
マルソネット1600GT
ワインレッドのボディに太いCピラーとガラスハッチがお洒落な2ドアクーペはマルソネット1600GTです。マルソネットというのは戦後すぐの1946年に設立された、フランスのコーチビルダーでした。ただしコーチビルダーとはいっても、産業車両用の特殊ボディの製作が主たる業務でした。
しかし1950年代後半からスポーツカーの生産にもトライするようになり、パリサロンには度々、プロトモデルを出展。当初はルノー4CVのシャシーにパナール・ディナのエンジンを載せ、FRP製のボディを架装していましたが、1966年にはチューブラーフレームにルノー8用のエンジンを搭載したMars 1へと発展していきました。
そして1968年のパリサロンに登場したのが、今回紹介するマルソネット1600GTです。エンジンは、Mars 1ではルノー8用のユニットを前輪駆動に適合させるために苦労したことから、もともと前輪駆動だったルノー16TS用の1.6L直4ユニットが搭載されていました。
最高出力は82hpに過ぎませんでしたがボディにFRPを多用するなど軽量化を追求し、車両重量が575kgに抑えられたことと、空力的なスタイリングのおかげで、最高速度は220km/hにも達していた、とされていました。
OTAS 820
東西ドイツ、フランスに続いてはイタリアの“見知らぬ”スポーツカーを紹介しましょう。イタリアはピエモンテ州に本拠を構えるカロッツェリア・フランシス・ロンバルディの作品です。Grand Prixと大仰なサブネームがつけられていますが、コンパクトな2ドアクーペで、イタリアにはよくあるフィアットのフロアパンを使ったリヤエンジンのライトウェイトスポーツカーです。
1968年のジュネーブ・ショーでお披露目されたときにはロンバルディ・グランプリと名乗っていましたが、販売ルートによっていくつかの別名があり、3年前にテネシー州のナッシュビルにあるレーン自動車博物館で出逢ったときには、OTAS 820のネームプレートを付けていました。
OTAS(Officina Trasformazioni Automobili Sportive)は、フランシス・ロンバルディと、フィアットのチューニングカーで名を成したジャンニーニ・アウトモビリの創設者ドメニコの息子フランコ・ジャンニーニが立ち上げた会社。ジャンニーニがチューンした982ccエンジンを搭載する、ジャンニーニ1000グランプリを発売しています。
博物館で出逢ったフィアット850のエンジンをそのまま搭載したOTAS820でしたが、この小排気量なら排気ガス対策で優遇が受けられることを考えての設定でした。エンジンだけでなくフィアット850のフロアパンをサスペンションごと使用し、オリジナルボディを架装したもので、低いノーズの先端にリトラクタブル式のヘッドライトを備えた、可愛らしいスーパースポーツでした。車両重量は630kgと軽く、37psと最高出力は低いままで、このデータには少し疑問も残りますが、最高速度は160km/hに達していたようです。
スバッロSV1
最後の1台は7年前にオランダの国立自動車博物館、通称“ローマン・コレクション”で出逢った1台、スバッロ・チャレンジ1です。スバッロと言えば1974年にリリースされたBMW328レプリカが有名ですが、スバッロ自体も1973年のジュネーブ・ショーにはオリジナルのスバッロSV1を発表し、自動車メーカーとして名乗りを挙げています。
そんなスバッロが85年に発表したモデルがチャレンジIでした。メルセデス・ベンツの5L V8エンジンをツインターボでチューンして最高出力は380ps。最高速は310km/hと発表されていますが、何よりも特徴的だったのはそのスタイリング。
究極のウェッジシェイプを完成させるために、ノーズとフロントウインドウは段差なく連なっています。またサイドミラーは取り去られて抵抗係数0.26を実現し、その代わりに、カメラとスクリーンモニターを使って後方視界を確保。このクルマは、雑誌で見て知ってはいましたが、博物館で出逢ったのが最初でした。こんな初めての出逢いがあるから博物館詣では楽しいのです。