動力源は未来の「燃料電池」登場に丸投げ
ジャイロカーの原理上、直径60cmのジャイロは車体の中央付近に配置すべきなのだが、ジャイロンではそんなスペースは一切なさそうだった。さらにリヤにジェットエンジンらしきものがあるものの、このままではジェットエンジンが推進力を得られないのは言うまでもない。
しかしジャイロンはあくまでも「未来のドリームカー」の提案。パンフレットには、「このフロントエンドに収まるほど小さくてクルマを動せるパワーがある内燃エンジンは、今のところ実現不可能“なので”、燃料電池のような新しいパワーソースを使うことができます」とある。誤訳ではなく、無茶苦茶な主張をしている。だがこの時代の雰囲気なら、遠からず夢の新技術が続々と実現してどうにかなるだろうと、とても楽観的だっただろうし、せせこましい野暮を言う人もあまりいなかったのだろう。
コードレス電話、カーナビ、自動運転などを予言
プラスチックのキャノピーに覆われたふたり乗りのコックピットに目をやると、こちらはさらにSF映画のような超未来的空間。シド・ミードの想像力が大いに反映されているようだ。まず、ステアリングホイールは無くなり、前方のスクリーンには赤外線を利用した「暗視鏡」機能で、昼でも夜でも濃霧でも大雨でも、前方の道路状況がはっきり映し出される。近年ようやく標準搭載するクルマも出てきたいわゆる「ナイトビジョン」そのものだ。
さらにジャイロン車内にはマイクとイヤホンが一体化したヘッドセットが用意されていて、コードレス電話で外の人と通話可能。クルマの加減速とステアリング操作は基本的に自動運転ながら、エルゴノミクスっぽいデザインのふたつのシートの間に突き出ているセンターコンソールに「ステアリングダイヤル」があり、これでステアリングを操作できる。またセンターコンソールから左右に伸びる「フットバー」に配置された、アクセル&ブレーキのパッドでも加減速できる。しかも左右どちらの乗員でも操作可能なのだという。
21世紀のわれわれにおなじみの「カーナビ」も装備。センターコンソールのテンキーで内蔵コンピューターを操作し、ドライバーが高速道路の渋滞を回避して目的地まで行けるルートをプログラムできるようになるだろう、と見事な未来予測である。目的地への距離や到着予想時刻はコクピット前方のスクリーンに統合して表示されるという念の入れようだ。
「夢のジャイロカー」との触れ込みでセンセーショナルに登場しながらも、技術的な裏付けはじつにあやふやだったジャイロン。コンセプトカーとはいえホラにも程があるのではと今なら思えるものの、燃料電池、カーナビ、コードレス電話といった「未来感」あふれるガジェットてんこ盛りでドリームカーを宣伝するフォードの作戦は大成功を収め、ジャイロンのオモチャは世界中の子どもたちにバカ売れしたのだった。
なお、デトロイトで展示されたジャイロン・コンセプトカーは1962年の火災で焼失し、スタジオモデルの1台だけが現存している。また、首謀者のアレックス・トレムリスは、63年にフォード退社後もジャイロカーの実用化に向けて邁進した。67年に「ジャイロX(Gyro-X)」のプロトタイプを作り実際に走れるようになったが、完成間近で財政難により頓挫。この個体は近年レストアされ、イベントでジャイロ走行を披露している。