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バイク? クルマ? 前後2輪だけど「自立できる」60年前の謎のコンセプトカー「フォード・ジャイロン」が強烈すぎる

1961年のコンセプトカー「フォード・ジャイロン」

宇宙時代の熱狂が詰まったドリームカー「ジャイロン」

 1961年というと4月にソ連のガガーリンが人類初の有人宇宙飛行を成しとげ、5月にアメリカでケネディ大統領がアポロ計画を発表し、世界中が宇宙開発に盛り上がっていたころ。この年のデトロイト・オートショーでフォードが出展したコンセプトカー「ジャイロン(Gyron)」は、宇宙船のようなデザインもさることながら、前後2輪で倒れない夢の「ジャイロカー」として当時の人々を熱狂させた。未来を行き過ぎた60年前の「ドリームカー」をご紹介しよう。

若き日のシド・ミードがデザインを担当

 コマが回転しているときに静止したまま安定する「ジャイロ効果」は、昔から科学少年少女の心をつかんできた。懐かしの「地球ゴマ」で遊んだことのある読者も多いはずだ。ジャイロの原理は航空機や船舶など幅広く利用されていて、もちろん自動車にも応用しようと考える人たちがいた。その代表格であり「ジャイロカー」のイメージを決定づけたのが、1961年のデトロイト・オートショーにフォードのスタイリング部門が出展したコンセプトカー「ジャイロン」だ。

 この未来感バリバリのドリームカーの首謀者はふたりいる。設計したのは当時フォードのデザイナーだったアレックス・トレムリスで、戦前は1941年にクライスラーのコンセプトカー「サンダーボルト」をデザインした。その後、大戦中は後にUFOマニアの間で有名になるライト・パターソン空軍基地(当時はライトフィールド)で宇宙人が乗ってくるであろう乗り物の予測や、円盤型宇宙船のコンセプトをスケッチしたりしていた、「その筋」の有名人である。戦後はふたたび奇想天外なアイデアを発揮するカーデザイナーとして活躍した。

 そしてもうひとり、ジャイロンのデザインを手がけたのが、後に映画『ブレードランナー』をはじめとしたSF映画の数々のメカニックデザインで有名なシド・ミードだ。日本ではアニメ『∀ガンダム』のデザインを手がけて話題になったこともある。彼はフォードの奨学金でアートセンター・スクールに通ったため、卒業後は2年間だけフォードに勤務していたのである。アレックス・トレムリスとシド・ミードが組んだからこそ、今から60年も前とは思えないほど未来感みなぎるジャイロンが生まれたといえる。

ほとんど飛行機のような2輪車、だが転ばない!

 デトロイトでお披露目に際して配られたジャイロンのパンフレットによると、「通常の4輪ではなく2輪で走行する、ユニークなデルタシェイプ。ありえる未来のカーデザインの斬新な実験が“ジャイロン”です」と始まり、「今世紀、クルマのスタイルとデザインは千変万化したにもかかわらず、基本的な形は四隅に車輪がある長方形のままでした。“4輪”という既成概念に縛られずに2輪で十分な安定性を確保することで、自動車産業に無限のイマジネーションを提供します」と続き、テンションの高さがうかがわれる。

 ジャイロンのサイズは全長209インチ(5309mm)×全幅86インチ(2184mm)×全高44.85インチ(1139mm)で、前後2輪のホイールベースは107インチ(2718mm)。カーボンファイバー製のボディに直径2フィート弱(約600mm)程度のジャイロを搭載することで、前後2輪で走っても姿勢を安定させたままコーナリングも可能になるという。「この形のままでは不可能だが」と但し書き付きだが……。

 なおリヤの左右にあるふたつの小さい車輪(アウトリガー・ホイール)は格納可能で、ジャイロの停止中や、まだ車体を安定させるほどのモーメントを得ていないときのための補助輪のような存在とのこと。

動力源は未来の「燃料電池」登場に丸投げ

 ジャイロカーの原理上、直径60cmのジャイロは車体の中央付近に配置すべきなのだが、ジャイロンではそんなスペースは一切なさそうだった。さらにリヤにジェットエンジンらしきものがあるものの、このままではジェットエンジンが推進力を得られないのは言うまでもない。

 しかしジャイロンはあくまでも「未来のドリームカー」の提案。パンフレットには、「このフロントエンドに収まるほど小さくてクルマを動せるパワーがある内燃エンジンは、今のところ実現不可能“なので”、燃料電池のような新しいパワーソースを使うことができます」とある。誤訳ではなく、無茶苦茶な主張をしている。だがこの時代の雰囲気なら、遠からず夢の新技術が続々と実現してどうにかなるだろうと、とても楽観的だっただろうし、せせこましい野暮を言う人もあまりいなかったのだろう。

コードレス電話、カーナビ、自動運転などを予言

 プラスチックのキャノピーに覆われたふたり乗りのコックピットに目をやると、こちらはさらにSF映画のような超未来的空間。シド・ミードの想像力が大いに反映されているようだ。まず、ステアリングホイールは無くなり、前方のスクリーンには赤外線を利用した「暗視鏡」機能で、昼でも夜でも濃霧でも大雨でも、前方の道路状況がはっきり映し出される。近年ようやく標準搭載するクルマも出てきたいわゆる「ナイトビジョン」そのものだ。

 さらにジャイロン車内にはマイクとイヤホンが一体化したヘッドセットが用意されていて、コードレス電話で外の人と通話可能。クルマの加減速とステアリング操作は基本的に自動運転ながら、エルゴノミクスっぽいデザインのふたつのシートの間に突き出ているセンターコンソールに「ステアリングダイヤル」があり、これでステアリングを操作できる。またセンターコンソールから左右に伸びる「フットバー」に配置された、アクセル&ブレーキのパッドでも加減速できる。しかも左右どちらの乗員でも操作可能なのだという。

 21世紀のわれわれにおなじみの「カーナビ」も装備。センターコンソールのテンキーで内蔵コンピューターを操作し、ドライバーが高速道路の渋滞を回避して目的地まで行けるルートをプログラムできるようになるだろう、と見事な未来予測である。目的地への距離や到着予想時刻はコクピット前方のスクリーンに統合して表示されるという念の入れようだ。

「夢のジャイロカー」との触れ込みでセンセーショナルに登場しながらも、技術的な裏付けはじつにあやふやだったジャイロン。コンセプトカーとはいえホラにも程があるのではと今なら思えるものの、燃料電池、カーナビ、コードレス電話といった「未来感」あふれるガジェットてんこ盛りでドリームカーを宣伝するフォードの作戦は大成功を収め、ジャイロンのオモチャは世界中の子どもたちにバカ売れしたのだった。

 なお、デトロイトで展示されたジャイロン・コンセプトカーは1962年の火災で焼失し、スタジオモデルの1台だけが現存している。また、首謀者のアレックス・トレムリスは、63年にフォード退社後もジャイロカーの実用化に向けて邁進した。67年に「ジャイロX(Gyro-X)」のプロトタイプを作り実際に走れるようになったが、完成間近で財政難により頓挫。この個体は近年レストアされ、イベントでジャイロ走行を披露している。

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