ホンダらしいユニークなパッケージングだった
SMALL SUPER MOVER HONDA Zの文字がクールにデザインされたカタログの表紙を捲ると(ここでは写真は割愛しているが)“ZZ TOP ON THE Z”として、Zのロゴを模った特注であるはずのZenderのギターを持ち、ポーズをとるトレードマークの長い髭を蓄えたZZ TOPメンバーの姿が登場する。残念ながら筆者はZZ TOPにもギターのZenderにも明るくないが、要するにそういうエネルギッシュな訴求で登場したのがホンダZだった。
もちろん初代のホンダZは、1970年登場の同じ軽自動車で当時のNIII360をベースに作られたスペシャルティクーペ(後にハードトップ化した)だった。そしてホンダはライフ、バモスなど軽自動車の車名をほかにもリバイバルさせていたが、この“2代目”となったホンダZも同様だった。
ただし初代のZに対し、1998年に登場した2代目は、まったくコンセプトの異なるクルマだった。この時期のホンダは軽自動車を、「それまでにない価値と個性をのせた“Kムーバー”」(カタログより)として打ち出していて、決して派手ではなかったがセダンタイプの当時のライフも、同じKムーバーの一員として訴求していた。折りしも軽自動車の規格が550ccから660ccに拡大されたタイミングでもあり、ホンダはこのKムーバーを、安全性能、環境性能、快適性、実用性において世界基準のスモールカーと位置付けての展開だった。
非常に凝った技術が盛り込まれていた
そのなかでホンダZは、じつは非常に凝ったエンジニアリングが投入されていた。“アンダーフロアミッドシップ+4WDプラットフォームUM-4”がカタログ上の表現だったが、何とエンジンを60度傾けて縦置きとし、その前方にトランスミッション(当時のシビック用のそれをベースとした4速AT)を置き、ビスカスLSDを介して前後に駆動力を配分するリアルタイム4WD方式を採用。
リヤ側にはヘリカルLSDも使い、50:50の前後重量配分を実現。ミッドシップであることと、エンジンを床下に配置した低重心により、“気持ちに素直なコントロール性、安定したブレーキングを実現”(カタログより)したものだった。
カタログにもこのパワートレインを俯瞰から描写したイラストと、ボディサイドから車両レイアウトがわわかる透視図が載っており、メカマニアはこのページを「おお!」と小さく声を上げながら眺めたのでは? 軽自動車のミッドシップということでは、ホンダはリヤドライブだったが1991年に2シーターオープンのビートを出した前例があったほか、1ボックスのバモスでも同様の車両レイアウトを採用していた。
とはいってもエンジン縦置きのミッドシップ4WDということでは、よく言われているようにスーパーカー(具体的には1993年のランボルギーニ・ディアブロVT)と同じということになり、あらためて思い返しても、よくぞここまで! といったこだわりようが、ホンダならではといえるクルマだった。
ちなみに3気筒の660ccエンジンには、ホンダの軽自動車では初のターボを設定(もう1機種NAも設定)。フリクションの小さいセラミックボールベアリング採用のターボチャージャー、大型空冷インタークーラーなどを採用し、64ps/9.5kgmの性能を発揮した。ほかにEPS(電動パワーステアリング)、大径15インチタイヤの採用なども特徴だった。
わずか4年弱で生産が終了……
……それにしても、24年経った今、あらためて思うのは、4年弱で生産が終了だったとは何とも惜しいクルマだったということ。筆者自身、登場直後のメーカー主催の試乗会で市街地にて試乗した程度で、もっとジックリと乗っておけばよかったと今さらながら思う。
実車は、初代フィアット・パンダ風の外観、乗り込むと床が高い初代メルセデス・ベンツAクラスのようなポジション、市街地でやや強めの突き上げとピッチングがあること……などが強烈な第一印象として憶えている。だが、もっと長時間、いろいろな走行シーンを試せば、実車の魅力がより実感できたのかもしれない。
言い訳だが、当時のホンダZは、これほどの凝ったメカニズムを採用し(当然、少し高い価格設定だった)たユニークなコンセプトのクルマながら、ポッと出てきて、それをどう乗りこなしたらいいのか、少し考えさせられるようなところがあった。
やや高めのドライビングポジションは視界もよく、街なかでもスイスイと走り回れたが、1675mmの全高はタワーパーキングを日常的に使うユーザーには不便に感じられたかもしれない。それと今ならクロスオーバー的なクルマは当たり前だが、当時はSUVの括りで見做された訳でもなく、4WDが必要な生活圏のユーザーはともかく、多くのユーザーは「都会派? オフロード派? どう乗りこなせばいいの?」と迷っていたのではないだろうか。
とはいえ、もしも今この現車があったなら、いっそ床下にバッテリーとモーターを組み込んで“ホンダeZ”に改造して乗る……といった機知を働かせるのに格好の素材だったりするかも。