革新的なアイデアが詰まったシャシーに華麗なるクーペも登場
エンジンのDDAC方式だけでなく、H1300には、シャシーにも新機軸のアイデアが数多く盛り込まれています。まずサスペンションですが、フロントにはN360で定評のあるマクファーソンストラット式独立懸架が採用されていました。
一方、リヤは特徴的なクロスビーム式。これはボディ幅いっぱいの長さを持ったビームを縦置きのリーフスプリングで吊る方式で、左右が干渉しあわない独立懸架となっていました。さらにフロントにサーボ付きのディスクブレーキが奢られていたことも、ハイパワーに応えた装備でした。
その一方でボディ構造にも新たなアイデアが盛り込まれていました。最初に登場した4ドアセダンは通常のアウターパネルを、いくつかのパーツで溶接し繋ぎ合わせて構成していましたが、H1300は大型プレス機を導入してサイドパネルを1枚ものとして成型。
それをルーフパネルで繋いでボディを組み立てていました。そのサイドパネルとルーフパネルの繋ぎ目をモールで隠していたのですが、そのモール部分の見た目から誰言うことなく“モヒカン”と呼ばれるようになったのです。
これを最初に採用したのがH1300で、その後はホンダZやライフ、さらにシビック以降のすべてのホンダ車に採用されただけでなく、国内外のメーカーが追随するようになりました。ちなみに、海外でもMohican Structure(モヒカン構造)で通じる世界共通語となっているようです。それを世界に先駆けて採用したのがわがホンダということで、ホンダファンだけでなく、日本人としても誇らしい限りです。
最初にモヒカン構造を採用したモデルがホンダ1300クーペ。こちらの型式はH1300Cと、セダンとの相違点は末尾にCが付け加えられるだけとシンプル極まりありません。ですがそのスタイリングは、極めてコンサバな3ボックスの4ドアセダンだったセダンから一転していました。
Cピラーを太くして、カンチレバーでAピラーを吊ったようなデザインは、フロントドアがサッシュレスでBピラーもブラックアウトされ、軽快感たっぷりでした。フロントビューもまた独特で、このころのポンティアックが好んで使用していた2分割グリルを採用。
突き出したセンター部分は“鼻筋”が通り、細身になったHマークが精悍さを強調していました。インテリアもスタイリッシュで、セダンでは平板だったダッシュボードは、メーター類がドライバーと向き合うように湾曲したパネルに取り付けられ、フライトコクピットの名に相応しいデザインでした。またルーフにオーバーヘッドコンソールが装着されていたのも大きな話題となったのです。
残念ながら、世の中の流れ的にはより高出力を目指したハイパフォーマンスなクルマから、排気ガス規制に対応した地球にやさしいクルマへと変わっていき、それにホンダも応える格好でライフやシビックが登場。H1300もシビック由来の1.45Lの水冷直4エンジンに換装された145シリーズへと移行し、1974年には生産を終了してしまいました。