ハンバーガーやBBQと同じくらいアメリカ人の好物・V8エンジン
アメリカのクルマ、いわゆるアメ車といえばプッシュロッドのV8エンジンが通り相場となっています。さすがに最近はエネルギー問題や環境問題に配慮したのか(?)V6ツインカムや直4ツインカム・ターボなども見受けられるようになりましたが、イメージ的にはV8プッシュロッドが「らしい」のは変わりありません。そこで今回はアメリカのクルマが何故、プッシュロッドのV8を継承してきたかを探ってみようと思います。
はじめは高級車のエンジンだったV8
V8エンジンの歴史を遡っていくと最終的にはイギリスのロールス・ロイスとフランスのド・ディオン・ブートンに辿り着きます。最初に製作されたエンジンについては諸説ありますが、基本的には単気筒ユニットでした。そこから排気量を拡大していく過程において多気筒化が進められ、2気筒から4気筒、6気筒と直列エンジンで多気筒化が進められてきました。
しかし当然のことながら多気筒化はエンジンの全長を長くしていきます。そこでクランクシャフトの製造が大変になってしまいました。当時の金属加工レベルでは、設計図どおりの長いクランクシャフトを製作するのは困難を極めたようです。そこで登場したのがV型エンジン。直列エンジンで振動を抑えるには6気筒がベストなのですが、4気筒でもバランスシャフトを採用することで二次振動は打ち消すことができることから、比較的大排気量の4気筒エンジンも数多く登場していました。
そんな4気筒や6気筒を2基、V字型にシリンダーを配置して1本のクランクで繋いだのがV型エンジンです。直列エンジンでは4気筒や6気筒が多数派となっていたことからV型8気筒やV型12気筒が考え出されるようになるのですが、V型12気筒のクランクは複雑極まりなく加工も大変。戦後になって一部のスーパースポーツなどに採用されたに過ぎず、V型エンジンと言えば戦前から8気筒、いわゆるV8が一般的となってきていました。そのパイオニアがロールス・ロイスとド・ディオン・ブートンだったのですが、残念ながら成功作とはなりませんでした。
フォードによって大衆車のエンジンとして普及
それでは最初の成功作は? と言えばそれは1914年に登場したキャデラックType51に搭載された314cu.in(約5146cc/cu.in.=キュービックインチ)のV8エンジンでした。それまで直列4気筒エンジンしかラインアップされていなかったキャデラックは、当時は高級車のエンジンとされていた直列6気筒の開発が急務とされていたのです。しかし、直6よりもコンパクトでより大排気量化=高出力化が望めるV8を開発して、一気に優勢に立とうとする意見が主流となり、開発が進められました。結果的に約5.1Lで77psと当時としては圧倒的な高出力を絞り出しています。
しかしキャデラックのV8エンジンは、V8=高級車のエンジンという定説には何ら影響を与えることはありませんでした。なぜなら、もともと高級車だったキャデラックが、大衆車用の直4エンジンを搭載していたのが風変りだったのですから。
その直4=大衆車のエンジン、V8=高級車のエンジンという定説が覆されたのは1932年のこと。フォードが大衆車用にV8エンジンを開発し、32年式のフォード・モデル18に搭載したのです。現職のアメリカ大統領として初めて来日したのは第38代のフォード大統領でしたが、彼が来日したときのスピーチに「私はフォードです。リンカーンじゃありません」とのフレーズがあったと伝えられていて、「あれは私は庶民派です」って意味だよね、と話した記憶がありますが、フォード=大衆車イメージは古くから醸成されていました。
そのフォードに、高級車のエンジンとされていたV8を搭載したのですから、その印象はとてつもなく強烈だったことは想像に難くありません。
このV8はアーリーV8と呼ばれ、アメリカのインディアナ州オーバーンにはアーリーV8を搭載したモデルに特化した博物館も設立されています。
高性能の証「スモールブロックV8」を大きくアピールしたコルベット
フォードのアーリーV8は戦後まで生き残り、マーキュリーの1952年モデルまでに搭載される長寿ぶりでした。しかし基本設計は1932年といかにも古く、フラットヘッドと呼ばれるサイドバルブ・ヘッドなどはすでに前時代的になっていました。そこでフォードは53年にプッシュロッドでバルブを駆動する、OHVレイアウトの通称「YブロックV8」を開発します。
一方、ライバルのシボレーは、直6をスタンダードエンジンとして使用してきましたが、1955年には直6に代えてOHV機構を取り入れたV8エンジンを開発しています。排気量は265cu.in(約4343cc)でしたが、これは当時331cu.in.(約5425cc)とか365cu.in.(約5982cc)を搭載していたフルサイズ・キャデラックのV8エンジンよりも随分小さかったことで「スモールブロックV8」と呼ばれるようになりました。このスモールブロックV8を有名にしたのは、なんといってもコルベットに搭載されたことです。
じつは開発の初期段階からデビュー当時のコルベットは、直6エンジンを搭載していました。「BLUE FLAME」と名付けられた直6エンジンは235cu.in.(約3851cc)の排気量から150psを絞り出していましたが、スモールブロックV8は約4343ccの排気量から195psを捻り出しており、その効果は明らかです。さらに直6よりも随分コンパクトに仕上がっていて、エンジンの単体重量も20kgほどダイエットされていたということで、軽量コンパクトを旨とするスポーツカーにはもってこいのパワーユニットだったというわけです。
アメリカ伝統のエンジン、ローテクと断ずるのは早計
初代モデルの登場から3年目となる1955年に初めてプッシュロッドV8を搭載したコルベットは、その後もプッシュロッドV8を搭載し続けてきました。そして1983年に登場した4代目(C4型)に、89年モデルからV8ツインカムを搭載したモデルが追加設定されて以降も、プッシュロッドV8はコルベットの基準エンジンとされてきました。
そう考えていくと、アメリカンなプッシュロッドV8に市民権を与えたのはキャデラックとフォードですが、それ以上にコルベットが世界にアピールしたことも見逃せません。最初に書いたように、近年はツインカムも登場していますが、アメリカ車と言えばプッシュロッドのV8です。それは、カムやバルブを増やしてちまちまパワーを絞り出すよりも、排気量を上げてガソリンをたくさん送り込んで大パワー、大トルクを捻り出す方が国民性に合っていたのでしょう。産油国でガソリンもふんだんにありましたから。
ただし、プッシュロッドをローテクと判断するのは早計です。ヘッドの上に重いカムシャフトが2本もあると重心高が高くなってきてしまいますし、複雑化することでトラブルにも繋がると、あえてプッシュロッドに固執していた面もあったようです。いずれにしてもプッシュロッドやロッカーアームからのサウンド(?)も楽しめるのが、アメリカンV8の大きな魅力であることに変わりはありません。