セリカベースの2ドアスペシャルティクーペだった
そのクルマは、カレンです……のフレーズとともに1994年1月に登場したカレンは、TV−CMも雑誌広告もなかなか奮ったものだった。とくにTV−CMでは、俳優の永瀬正敏がストローを挿した紙パックのミルクと惣菜パンを手に、街のビスタ店のショールームに飾られたカレンを眺めているシーンが描かれたもの。
惣菜パンの食べ口が、あとのカットのほうがその前のカットよりも食べる前のように平らに見えた……そんな細かな指摘はともかく、ごく日常的なシーンで新型車カレンが若いユーザーに広まるよう訴求したもの。音楽はオードリー・ヘプバーンが歌う「ムーン・リバー」が使われ、リアルな光景と夢見る登場人物の内面のコントラストの妙が表現されている感じだった。ほかに繁華街で有料駐車場を探すシーンや、雑誌では、住宅街のどこにでもありそうな駐車場で(確か塀によりかかって)、傍らにカレンが1台停っている構図……そんな地味なビジュアルが使われていたのも記憶に残る。
少し大人びた指向性を打ち出していたカレンのカタログ
永瀬を使ってどれだけの集客効果があったかは知らないが、兄弟車のセリカがマニアックなクルマだったのに対して、カレンはどちらかというと、クルマそのもののキャラクターは立て過ぎずに、女性ユーザーも意識しつつ少し大人びた指向性を打ち出していた。
カタログの途中に“わがままな女より、カレン。物分かりのいい男より、カレン。”などと、対比による表現でメッセージを伝えているところもおもしろい。別のページでも(長いが引用すると)“ふだん優しい人が、怒ると怖い。ふだんクールな人が、熱くなると激しい。ふだん無口な人が、はしゃぐと楽しい。ふだん内気な人が、勇気を出すと強い。ふだん物静かなカレンが、動くと速い。”という具合。
クルマのカタログというと、スポーティさや高級感をまず前面に打ち出しとしてくるのが普通だ。ところがこのカレンのカタログでは、まるでそこにいる女性に新しい行きつけの美容院に選んでもらう動機になるように、「ほーら、アナタのことを分かっているでしょ? 心地よさそうでしょ?」と誘う感じでカタログは作られていた。
ちなみに登場後2年弱の1995年10月にマイナーチェンジを受けた際のカタログでは、静岡県御殿場、渋谷区広尾のカフェテラス前、港区南青山のギャラリー、仙台市青葉城前パーキング、宮崎シーガイア、愛知県御津のマリーナなど、日本各地の具体的な地名とシーンでリアリティを表現していた。ハンガーに掛かったデニムのシャツ(3本ステッチで通な人ならどこのブランドなのかわかるのだろう)が表紙で、さらに女性ユーザーを意識した風だった。
セリカがベースだったカレン
実車は1993年10月に登場した6代目セリカ(T200型)とベースが共通で、トランクルーム(セリカはハッチバック)の付いた2ドアノッチバックスタイルとし、フロントマスクが専用デザインとされたもの。この手法はカレンの先代に当たるコロナクーペが、やはり日本市場にはなかったセリカクーペをベースに専用のフロントデザインが与えられてできたのと同じだ。
なおコロナクーペもそうだったが、カレンも2ドアスペシャルティクーペであり、そうなると当時はホンダ・プレリュード、日産シルビアといった強敵がひしめくカテゴリーだったため、人気の点でなかなか実力を発揮するまでには至らず。コロナクーペもカレンもモデルライフを終えると、新型にバトンタッチすることなく(コロナクーペはカレンに移行したわけだったが)、カタログから消えていった。
とはいえカレンはセリカSS-II、SS-I相当のグレード展開で、上級モデルのZSは、180ps(AT車は170ps)/19.5kg−mの2Lツインカム16バルブを搭載、決してムードだけのクルマだったということではなかった。
その気になれば、北米仕様のセリカクーペの顔つきにすれば、日本ではレアなノッチバックのセリカとして楽しめたかもしれない。
発表当時のチーフエンジニアの説明では、このカレンは「ジッポーのライターやリーバイス501のように、若者のクーペの新しい定番になってほしい」とのことだった。登場時に実車に試乗した際の筆者のメモを見ると、“セカンドバッグが入るグローブボックス容量”、“トランクは内側がフルトリム化され、リッドはパンタグラフ式のヒンジで、閉める際はやや力がいるが、開けるときは少しリッドを持ち上げるとあとはダンパーがスウーッとリッドを持ち上げてくれる”などと、例によって(!?)きわめて部分的な箇所に着目しながら取材していたことのわかるメモが残っている。
車名のカレンは英語の“Current(時勢の、流行の)”からの命名だったが、トヨタとしてはこのカレンで、セリカとはまた別に2ドアクーペの新しい流れを本当は作りたかったのだろう。