ビートル・カブリオレで全国を旅するご隠居さん
このVWドラッグレースの常連である赤い1967年式ビートル・カブリオレの桑木 敏さんは73歳、最高齢の参加者だ。かつて30歳のころにはワーゲンを数台乗り継いでいたそうだが、その後はフツーのクルマで過ごすこと30年。そして10年前、会社の経営から身を引きセミリタイヤしてから趣味のクルマに乗りたいと思い立ち、はじめはポルシェ914やオースチン・ヒーレー・スプライト(通称カニ目)、MGAといったクラシックカーも検討したそうだが、結局、ビートルのシートに座ったらかつての記憶がよみがえって、ワーゲンに返り咲いたのだった。
それ以来、北海道から九州まで、日本全国にこのビートル・カブリオレで旅している桑木さん。コロナ禍前は年に2万5000kmもドライブしていたほどのエネルギッシュなVWガイなのだ。安全・快適にロングドライブを愉しむため、エンジンは1760ccのボアアップ仕様を搭載し、トランスミッションも純正では4速のところを5速化。快適クルーズ仕様となっているだけでなく、昨年夏には老朽化した幌をリフレッシュして、オーナー同様、愛車もシャキッと元気な状態をキープしている。
「ワーゲンに乗っていて良いのは、ほほえみをくれるクルマだってところですね。オープンカーだから話しかけやすいんでしょう、お爺さんお婆さんからお巡りさんまで、出かけた先でいろんな人たちが話しかけてくれます」
速さではなく正確さを競う「ダイヤルイン」クラス
そんな桑木さんのビートルがエントリーしているのは、タイムの絶対値を競うクラスではなく、「ダイヤルイン」と呼ばれる独特のクラス。選手はそれぞれ、事前に自分のクルマの目標タイムを申告しておき、それになるべく近いタイムで走った人が勝つというルールで、申告タイムより速く走ると「ブレイクアウト」で失格となる。どれだけスムースかつ正確に愛車を操作するか、マシンパワーではなくテクニックが問われるわけだ。
初心者からベテランまで、マシンの排気量なども問わず一緒に走ることができ、非力なマシンでも勝機は十分。VW Drag Inのなかで一番人気のカテゴリーでこの日15台がエントリーしていた。9年前からドラッグレースに参加し続けていて、ご本人いわく「枯れ木も山の賑わい」とこれまでずっと無冠だった桑木さんであるが、今回はなぜか(?)調子よくトントン拍子に勝ち抜いていき、とうとう決勝戦に進出してしまった!
ベテランならではの無欲(?)が呼びこんだ勝利
モータースポーツはどんなジャンルであれ、熱くならずにクールでい続けることが重要。自己の申告タイムに挑む「ダイヤルイン」クラスも、平和きわまるルールでありつつ、それでもついついヒートアップして申告タイムより速く走ってしまい「ブレイクアウト」してしまうのも、人情というものだ。
ブレイクアウトすることなく淡々と勝利し続けてきた桑木さん、さすが古希を過ぎて欲のなさが勝利につながっているのだろう。
そうして迎えたクラス決勝。桑木さんとライバルの選手がヨーイドンで走り出し、コースを走り抜けていく。結果は……まさかの両選手ともブレイクアウト!
申告タイムより速すぎた分の差が少ない方がウィナーということで、12秒の申告に対して11秒826だった桑木さんが辛くも判定勝ちで初の優勝を手にしたのだった。「無欲の境地」というわけにはいかなかったが、それでも若手よりは欲の少なさが勝利につながったカタチである。
「普段あちこち走っているクルマでレースをすると楽しいですよ。いやあ本当に、果報は寝て待てじゃないですけど、出続けていれば良いこともあるもんだなということです(笑)」と桑木さん。シニアドライバーの貫禄を示してくれたのだった。