どんな場所にもアクセスできるビックリドッキリメカ
西側諸国から武器供与がしばしばニュースになっているウクライナだが、じつはユーティリティ・ヴィークル(UTV)については海外輸出するほどノウハウを有していることはあまり知られていない。それが、キーウに本社を置くクアドロ・インターナショナル社が開発・生産している、タスク&ユーティリティ・ヴィークルにして水陸両用車の「シェルプ(SHERP)」だ。
大きなタイヤがサスペンションもフロートも兼ねる
水陸両用車として十分な性能と信頼性を得るために、シェルプの開発には20年以上の歳月が費やされたという。同社は、地球上の飢餓を撲滅することを目的とする国連の世界食糧計画(WFP)とパートナーシップを結んでいる。食糧不足や栄養不足などの問題を抱えた人々のいる地域へ食料を届けるといった、人道的支援に用いられる車両、それがシェルプというわけだ。
ずんぐりむっくりした異様なプロポーションだが、基本モデルのN1200なら全長4m未満と、サイズ的には今どきのハッチバック車相当でしかない。全幅が2.5m強、全高も2.8m以上あると聞けば、車庫へカンタンに収まる代物でないことが分かるが、シェルプを特徴づけるのは2200mmのホイールベースに隔てられた、超低圧チューブレスにして1800mmもの巨大な外径によるタイヤ。
タイヤ幅は600mmでホイールサイズは25インチというから、まさしくバルーンタイヤだ。ボディサイズに対してギリギリまで走破性と微妙なトルク伝達を追求したタイヤサイズにして、サスペンションとして衝撃吸収も兼ね、それでいて水の上でも浮かびつつ、水かきとして推進力をも生むトレッドパターンというわけだ。
フラットボトムの車体の地上クリアランスは60cmが確保されており、デパーチャーアングルは問うだけ野暮という造りながら、ひとまずの登坂アングルは約35度で、1mほどの障害物なら踏み越えられる。水に浮くしキャビンも多少の水圧なら耐えるため、渡河はもちろん、冬場で表面の薄く凍って割れそうな湖や沼にも踏み込んでいけるという。
戦車や建機と同じ信地旋回で小回り性能も抜群
実際、タイヤ以外にも通常のオールテレイン・ヴィークル(ATV)にはない機構が数々、シェルプには採用されている。通常のシャフトを介したステアリングは、故障やスタックの要因となりやすいため採用されず、左右輪列それぞれの駆動力を一時的にカットできるスキッド・ステアリングという仕組みを備えることで、ほぼその場で回れるほど小回り性能を確保。エクストリームな環境や条件下では、数センチ差で回れる・回れないの差が大きいのだとか。
当然4輪駆動だが、フロントシート列の背後に搭載したヒュンダイの1.8Lディーゼルエンジンとルノー製6速MTから、プロペラシャフトとデフを介して駆動されるチェーンと輪列は、常時オイル・バスに漬けられ決して油膜切れを起こすことがないとか。これらのドライブトレーン・システムは、スウェーデンのSSAB社ドコル鋼を採用したバスタブ状のアンダーボディにすべて格納されており、低重心設計の要となっている。
さらに上モノ、つまり乗員や荷物を収納するキャビンはアルミ製で、燃料タンクはホイール内に各58L、つまり最大で232Lもの容量となり、これまた低重心に寄与している。燃料は傾斜路面などを走行中にフューエル・スタービングを起こさないよう、エンジンにはすぐ傍のリザーバータンクから供給される。
低床・低重心でキャビンは意外と広い
キャビンへ乗り込むにはフロント側、ドアというよりは上下2分割のハッチからで、下側にはラダーが備わる。キャビン全体は約7.8m2ほどの容量があり、リヤスペースの両側に吊り下げ式シートを誂えれば片側に3人、エンジンのハッチ上の1席と合わせて最大9人が乗車可能だが、耐積載荷重は2400kgある。リヤの床下は135L容量の収納にもなり、緊急脱出用ハッチも兼ねている。
何よりシェルプのユニークな機構は、排気ガスをタイヤに充填&循環させるプニューサーキュレーティング・システム。路面や状況に合わせて、タイヤの内圧を車内のコントロールパネルから自在に操れることで、サスやステアリングすら省きつつ、究極の走破性と信頼性を両立させたのだ。電気自動車には決してマネのできないハイテク、でもある。余談ながら、シェルプ搭載のヒュンダイ製ディーゼルはユーロ5規制をクリアしている。