軽快な走りには存分に楽しませてくれた
ホンダ・ビートの登場は1991年5月15日。今からじつに31年も前のことになる。のちに“(平成)ABCトリオ”と呼ばれることになるスズキ・カプチーノ(1991年10月発売)、オートザムAZ−1(1992年9月)の3車のなかでは、5カ月ほどの差だったが、もっとも早く市場に投入されたモデルだった。
例によって原稿書きに今よりも没頭していてTVをほとんど観なかった時期と重なる筆者にとって、“遊んだ人の勝ち。”のコピーが使われていたことはもちろん、ビートのTV‐CMがオンエアされていたことすらほとんど知らなかった。
ただし実車については、登場直後に取材と試乗の機会があり、とくにショートストローク(とくにセレクト方向)のシフトを駆使しながらシュン! と気持ちよく回るエンジンと、軽のミッドシップという恵まれた車両レイアウトによる軽快な走りには存分に楽しませてもらった。
カタログはポップな印象だった
ボディ色のうちの1色の“カーニバルイエロー”をベースに作られたカタログもポップで勢いのあるものだった。おそらく気鋭のグラフィックデザイナーが存分に腕を奮ったような、風景写真はどこにも出てこないカタログで、まあ、わざわざ解説を加えるのは無粋といったほうがいい、理屈はさておき楽しみましょ! そんなムード。
夕暮れの自然のなかにクルマをおいて、シットリと大人の時間を味わいましょう……そんな作りのカプチーノのカタログとは好対照だった。チャイニーズ・チェッカーズ(ダイヤモンドゲーム)の星型で切り抜かれた外観ディテール写真など眺めていても楽しげだし、フルオープンにしたビートの俯瞰写真を切り抜きにしたカットなど、まるでプラモデルの完成車を眺めているような気分にさせられる。
サバンナを爽やかに駆け抜けるシマウマをモチーフにした柄のシート、モーターサイクルのイメージのメーターハウジングなど、オープン走行を意識したインテリアデザインも売りだったから、もちろん写真で紹介されている。
ただしジャージ素材のシートの難燃加工、撥水処理の話や、ドライバーズシートは180mmのスライドと前5度、後ろ10度のリクライニングが可能なことなど、またセンタートンネルと運転席が左側に25mmオフセットされていることなどは、広報資料のなかにある記述・情報のみで、カタログではあえてスルーされているといった感じ。空車時440mmの重心高は広報資料には記載されているがカタログにはなく、1名乗車時の前後重量配分43:57といった情報はカタログにも載せられている。
またやや扱いが小さいながらもビートの全体透視図は載せられており、世界初★のミッドシップ・フルオープンモノコックボディ(★は量産車を意味するとの注釈)の話について触れている。だが、ほかでもないエンジンについては、しっかりと1ページを割いて紹介されており、このあたりはさすがホンダというべきか。エンジンに薄赤色をかけて、搭載位置を示す図版も載っており、この図版をみれば「おお、ミッドシップだ。エンジンが背中の後ろに載っている」と実感できる仕掛けだ。
F1由来の技術を採り入れた3連スロットルを採用
エンジンは、十分なパワー、軽量・コンパクト、低燃費やドライバーの気持ちに直結した抜群の応答性などが重視された。そこでナチュラルで鋭いレスポンスが得られるNAエンジンとして、新開発のMTREC(Multi Throttle Responsive Engine Control system)を採用。これはF1由来の技術を採り入れた3連スロットルである。そのほかにも小型車並の5L大容量エアクリーナー兼用チャンバー、テーパーポートインテークマニホールド、燃料噴射制御マップ切り替え方式なども採用していた。スペックは64ps/6.1kg-m。
サスペンションは4輪ストラット(リヤはダブルリンク式)を採用、前後異径タイヤ(13インチ/14インチ)とし、ブレーキにはクラス初の4輪ディスクブレーキを採用していた。カタログではこのあたりの情報もサラリと紹介されている。
そのほかに、品目数は驚くほどではなかったが、別刷りのアクセサリーカタログが用意され、オーディオ(ドアスピーカーは3本ビス止めだ)のほか、トランクフードラック、亜鉛ダイカスト製のフューエルリッド、リヤスポイラーなどが紹介されている。
ノーマルのスチールホイールもスタイリッシュだったが、もちろん専用のアルミホイール(サバンナグレーの切削/塗装タイプだった)も載っているほか、ビート専用仕様というワイヤー式スプリングチェーンもあった。インテリアではモモのステアリングホイール(ギブリ3)や、アシスタント側だけ閉じて使うこともできるトノカバーなども用意されていた。
そういえばステアリングホイールに関連して、軽4輪車初のSRSエアバッグシステムの装着車を設定したのも、意外やこのビートだった。