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マツダやトヨタがかつて採用した「絶壁」とは? 個性的な「クリフカット」採用のカルトカー6選

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TEXT: 原田 了(HARADA Ryo)  PHOTO: 原田 了/トヨタ自動車

デザイン的な目新しさでなく実利もあったクリフカット

 採用した多くのモデルで話題となったクリフカットですが、デザイン的な目新しさだけでなく、実利もあったようです。よく言われているのは後席のヘッドルームを拡大して、さらに日除け効果もある、という点。さらに通常のリヤウインドウ(リヤからサイドに回り込む三次曲面で成形されるのが一般的)に比べてクリフカットにすると、ガラスは平面的でサイズも小さくなるので、生産コストが抑えられるのと、軽量化に繋がる、というのです。

 これはとくに小さなクルマでは有効で、それもあって小型車でクリフカットを採用するケースは少なくありませんでした。例えば62年に登場したアウトビアンキ(Autobianchi)のビアンキーナ・クアトロポスティ(Bianchina Quattro Posti)です。ビアンキーナ・クアトロポスティ

 アウトビアンキというのは、元々自転車メーカーだったビアンキ社が、4輪のマーケットに進出する際にフィアットとピレリから出資を受けて自動車メーカーとして立ち上げられたメーカーです。ブランド名のビアンキーナはビアンキの妹分、アルファロメオのジュリアに対するジュリエッタ、のような意味合いで、グレード名(?)のクアトロポスティは4人乗りを意味するもの。

 そう言えばマセラティのクアトロポルテ(Quattoroporte)は4ドアのこと。“4ドア”がカッコいいクルマの車名として通用するのは、さすがイタリア車と言うべきでしょうか。それはともかくビアンキーナのクアトロポスティです。全長×全幅×全高が3020mm×1340mm×1320mmで、エンジン排気量が360cc以下に制限されていたころの軽自動車(全長が3m、全幅が1.3m)とほぼ等しいサイズで、3ボックスの4人乗りを実現させるためにクリフカットが採用されていたのです。もちろん軽量化と生産コストの低減にも繋がっています。

 そんなクリフカットを採用したクルマで、世界を代表するモデルと言えば、やはり1961年にシトロエンがリリースしたアミ6(Ami 6)です。国民車として人気のあった2CVと大統領も乗るプレステージセダンのDS、この両極端な2台の“すき間”を埋めるために開発されたモデルで、シトロエンとしては小型のDS、というイメージでしたが、マーケットでは2CVの上級モデルととらえられていました。アミ6

 それも当然で、アミ6は2CVのフレームを流用して、それに(彼らのレベルでは)コンサバな3ボックス4ドアセダンを架装したもので、エンジンやサスペンションなどのメカニズムも2CVをベースのしていたのですから。デザインを手掛けたのはフラミニオ・ベルトーニさん。

 エンジニアのアンドレ・ルフェーブルさんとのコンビでトラクシオン・アヴァンを生み出し、2CVやDSのデザインも手掛けた経歴を持っていて、彫刻家としても知られる三次元デザインの大家です。そんなベルトーニさんがクリフカットを採用したのは、奇抜なデザインで話題を呼ぶためでは、もちろんありませんでした。

 リヤウインドウを逆傾斜に切り立たせるだけでなく、ルーフを長くすることでリヤドアからの乗り降りを楽にすることができました。さらには、後席のヘッドルームも広くなっていてコンパクトなボディにも関わらず、4人の大人が楽に乗り込めるスペースが確保されることになりました。

 もちろんシトロエンの新車開発にはつきもののブーランジェのシルクハットテスト……シトロエンの副社長から社長になった長身のピエール・ブーランジェさんが、シルクハットを被ってもルーフにぶつかることがないかどうかを確認する……ということもクリアしています。奇抜に見えるデザインも、このように実利があるからこそ採用されていたのです。

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  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • 原田 了(HARADA Ryo)
  • ライター。現在の愛車は、SUBARU R1、Honda GB250 クラブマン、Honda Lead 125。クルマに関わる、ありとあらゆることの探訪が趣味。1955年、岡山県倉敷市生まれ。モータースポーツ専門誌の地方通信員として高校時代にレース取材を開始。大学卒業後、就職して同誌の編集部に配属。10年間のサラリーマン生活を経て90年4月からフリーランスに。モータースポーツ関連の執筆に加え、オートキャンプからヒストリックカーイベントまで幅広く取材。現在ではAMWに、主にヒストリー関連コラムを執筆。またライフワークとなった世界中の自動車博物館歴訪を続け、様々な媒体に紹介記事を寄稿している。
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