後席のヘッドルームを拡大し日除け効果もある
近年は「魂動(こどう)-SOUL of MOTION」というデザイン哲学のもと、生命感あふれるダイナミックなデザインのクルマを創造してきたマツダ。これまでにもいくつかエポックメイキングなデザインを世に問うてきました。1962年にリリースした軽乗用車、キャロルでは『クリフカット』と呼ばれるデザインを提言。今回は、内外の例を引き合いにしながら、振り返ります。
斬新なデザイン手法は採用した多くのモデルで大きな話題に
キャロルでは、逆傾斜に切り立っていたリヤウインドウがデザイン上の大きな特徴となっていましたが、このリヤウインドウを逆傾斜に切り立たせたデザイン手法を『クリフカット』と呼んでいます。キャロルは、クーペR360で軽乗用車マーケットに進出したマツダ(当時は前身の東洋工業)が、本格的な参入を期して第二弾として投入したモデルで、プッシュロッドのOHVながら軽自動車で初となる水冷直列4気筒エンジンを採用。デビュー1年後には、これも軽自動車初の4ドアを採用するなど、メカニズム的にもさまざまなエポックを提供していました。デザイン面でも『クリフカット』のリヤウインドウを採用し、大きな話題となっています。
国産車ではキャロルがもっとも有名ですが、そのキャロルがマツダ700として参考出品された1961年の第7回全日本自動車ショー(現在の東京モーターショー)に、スズキ(当時は前身の鈴木自動車工業)が参考出品したスズライト・スポーツ360も『クリフカット』のリヤウインドウを採用。近年ではトヨタが2000年にリリースしたWill Viが同様に、リヤウインドウを逆傾斜としていました。
初代ヴィッツのプラットフォームにノッチバックの4ドアセダンボディを架装したWill Viは、かぼちゃの馬車をモチーフとしたデザイン(スタイリング)が話題を呼びました。なかでも逆傾斜としたリヤウインドウが最大の特徴となっています。
海外での採用例を見てみると、50年代のアメリカ車で採用した例がいくつか見受けられ、手許にある写真では3年前にアメリカはインディアナ州サウスベンドのスチュードベーカー博物館で撮影した1956年のショーモデル、パッカード・ペディクター(Packard Predictor)は、その嚆矢(のひとつ)のような気がします。
厳密にいうとペディクターのリヤウインドウは垂直の格納式とされていますが、『キャノピー・スタイル』と呼ばれるCピラーのデザイン処理などは、リヤウインドウのクリフカットに繋がるものが感じられます。
量販モデルでは59年に登場したフォード・アングリアが『クリフカット』を採用していました。フォードと言ってもアメリカ本国ではなくこちらは英国で営業展開していた英フォードのことで、それまでコンサバなデザインでできていたものが、ここで一気に斬新なデザインを採用したという訳です。
モノコックボディにフロントがストラット式/リヤがリーフ・リジッド式のサスを組み付け、フロントに搭載された1Lの直4で後輪を駆動するというメカニズム的にはコンサバな1台でしたが、イギリス・フォードとしてコーティナに次ぐ量販モデルとなりました。
デザイン的な目新しさでなく実利もあったクリフカット
採用した多くのモデルで話題となったクリフカットですが、デザイン的な目新しさだけでなく、実利もあったようです。よく言われているのは後席のヘッドルームを拡大して、さらに日除け効果もある、という点。さらに通常のリヤウインドウ(リヤからサイドに回り込む三次曲面で成形されるのが一般的)に比べてクリフカットにすると、ガラスは平面的でサイズも小さくなるので、生産コストが抑えられるのと、軽量化に繋がる、というのです。
これはとくに小さなクルマでは有効で、それもあって小型車でクリフカットを採用するケースは少なくありませんでした。例えば62年に登場したアウトビアンキ(Autobianchi)のビアンキーナ・クアトロポスティ(Bianchina Quattro Posti)です。
アウトビアンキというのは、元々自転車メーカーだったビアンキ社が、4輪のマーケットに進出する際にフィアットとピレリから出資を受けて自動車メーカーとして立ち上げられたメーカーです。ブランド名のビアンキーナはビアンキの妹分、アルファロメオのジュリアに対するジュリエッタ、のような意味合いで、グレード名(?)のクアトロポスティは4人乗りを意味するもの。
そう言えばマセラティのクアトロポルテ(Quattoroporte)は4ドアのこと。“4ドア”がカッコいいクルマの車名として通用するのは、さすがイタリア車と言うべきでしょうか。それはともかくビアンキーナのクアトロポスティです。全長×全幅×全高が3020mm×1340mm×1320mmで、エンジン排気量が360cc以下に制限されていたころの軽自動車(全長が3m、全幅が1.3m)とほぼ等しいサイズで、3ボックスの4人乗りを実現させるためにクリフカットが採用されていたのです。もちろん軽量化と生産コストの低減にも繋がっています。
そんなクリフカットを採用したクルマで、世界を代表するモデルと言えば、やはり1961年にシトロエンがリリースしたアミ6(Ami 6)です。国民車として人気のあった2CVと大統領も乗るプレステージセダンのDS、この両極端な2台の“すき間”を埋めるために開発されたモデルで、シトロエンとしては小型のDS、というイメージでしたが、マーケットでは2CVの上級モデルととらえられていました。
それも当然で、アミ6は2CVのフレームを流用して、それに(彼らのレベルでは)コンサバな3ボックス4ドアセダンを架装したもので、エンジンやサスペンションなどのメカニズムも2CVをベースのしていたのですから。デザインを手掛けたのはフラミニオ・ベルトーニさん。
エンジニアのアンドレ・ルフェーブルさんとのコンビでトラクシオン・アヴァンを生み出し、2CVやDSのデザインも手掛けた経歴を持っていて、彫刻家としても知られる三次元デザインの大家です。そんなベルトーニさんがクリフカットを採用したのは、奇抜なデザインで話題を呼ぶためでは、もちろんありませんでした。
リヤウインドウを逆傾斜に切り立たせるだけでなく、ルーフを長くすることでリヤドアからの乗り降りを楽にすることができました。さらには、後席のヘッドルームも広くなっていてコンパクトなボディにも関わらず、4人の大人が楽に乗り込めるスペースが確保されることになりました。
もちろんシトロエンの新車開発にはつきもののブーランジェのシルクハットテスト……シトロエンの副社長から社長になった長身のピエール・ブーランジェさんが、シルクハットを被ってもルーフにぶつかることがないかどうかを確認する……ということもクリアしています。奇抜に見えるデザインも、このように実利があるからこそ採用されていたのです。