ランタボも欲しかったが泣くなくピアッツァを購入
私が初めて所有した愛車はいすゞのピアッツアだ。親のクルマは前輪駆動のAT車だったので、子どものころから自動車雑誌をバイブルとしてきたカーマニア少年だった身としては、後輪駆動のMT車がどうしても欲しかった。
なぜピアッツアだったのかと言えば、理由は単純明快でジャンケンに負けたから……。高校時代の友人と、免許を取得したらどちらかが三菱ランサーターボを買おうという話をしていて、同じクルマが2台あってもつまらないから、ジャンケンで勝った方がランタボを購入する権利を得ることができた。で、幸か不幸か負けたのが私……。その後友人はオーストラリア仕様の2Lエンジンを積んだランタボを購入。私はピアッツァとなったのだ(しばらくしてランエボIIIを購入したのは、そのときのリベンジだろう)。
もうひとつ理由があって、いすゞ117クーペに憧れていたのも大きかった。小学校の担任が所有していた117クーペは、子ども心にスーパーカーのように美しかったし、免許がないころから欲しかったクルマはランタボと117クーペだった。その当時すでに117クーペは名車として確立されていて、高嶺の花。また毎年車検の時代だったこともあり、無理をして購入しても維持費が高額となることから、とても愛車にはできないと諦めた。
そこでドアミラー仕様になった(1983年以降のモデル)いすゞピアッツア ネロXE(ネロとは黒の意味、ヤナセで販売されるモデル)を購入したという訳だ。こちらも大好きだったクルマなので、中古車情報誌を熟読して、できるだけ近所で欲しいものを探し出した。
洗車してあげるだけで満足できたピアッツァのスタイリング
このクルマはなんと言ってもスタイリングが素晴らしかった。デザイナーのジウジアーロやコンセプトカーのアッソ・ディ・フィオーリなど数々の話題を振りまき、伸びやかで滑らかでまとまり感のあるスタイリングは、現代のクルマと比較しても少しも見劣りしないほどの美しさがあった。スタイリッシュやスポーティ、力強いといったクルマのスタイリングを言い表す言葉は沢山あるが、ピアッツァを評する際にしっくりくるのは“美しい”という賛辞だろう。そう、ピアッツアの魅力はなにはともあれデザインだった。
ボディサイズは全長4310mm×全幅1655mm×全高1300mmと、21世紀のクルマと比べて非常にコンパクトなサイズであるのに、伸びやかで躍動感のあるものであった。セミリトラのヘッドライトも先進性が高く、この車体をピカピカにしておけば、それだけで満足してしまうほど。昔はコイン洗車場が(数百円で高圧洗浄機を使った洗車できる場所)各所にあって、愛車を洗っているだけでも満足できたのは、もしかしたらピッツァだったからなのかもしれない。そして懐かしいと思われるのか、よく話しかけられてクルマ談義に花が咲いた記憶がある。
ボディ剛性の低さは玉に瑕だが美しく未来的な姿形は魅力的
室内に目を移すとサテライトスイッチと呼ばれる、ステアリングから手を離さないで灯火類やウインカー、エアコンなどが操作できる機能が先進的。センターコンソールにあるのはオーディオだけで、そこそこスポーティなシートはそれでもしっかり身体をホールドしてくれた。それはステアリングも同様で、2本スポークのステアリングホイールは径こそ小さいがスポーティで扱いやすく、走りに集中させる仕立てが満載だった。ボルト&ナットの時代のクルマながら、美しくて未来的。いま振り返っても魅力は満載だった。
走りはというと、当時の自動車雑誌のレポートが正しいことを所有してみて実感。伝統の2L直4 G200型DOHCエンジンは、当時としては珍しいホットワイヤー式のエアフロセンサーや自己診断装置などを備えており、最高出力135ps/最大トルク17.0kg-mという数値が示す通り、特段高性能というものではなかった。
ボディはそれを発揮させるまでもなくなんとも頼りないもので、エンジン性能云々の前にボディの剛性がなかった。2オーナーを経て7万kmを目前とした中古車だったから仕方がないものの、タイヤは当時憧れのピレリP7の14インチを履いていた影響も大きかったのかもしれないが「ピアッツァはボディ剛性が弱い」という自動車雑誌の論評は本当だったのだ。つまり普通に街なかを走る分には十分楽しいものの、峠道は不向きのクルマであった。
スイッチ類の直感的な操作性はいま振り返っても秀逸だった
トラブルといえば、なぜかウインカーの点滅が速くなってしまい、ダイアグノーシス(診断機)で調べたらバルブ切れだった。それを教えてくれたのはいすゞディーラーであり、顧客として登録された結果、いすゞが乗用車から撤退する際に、丁寧なお手紙を頂くことができた。
総評するとピアッツァは、街乗りクルマとして愛せれば素晴らしい相棒だった。
リヤハッチは開口部の位置が少々高いものの、十分に荷物を積むことができるし、日常の足として走らせるのであれば、美しいクルマの運転を常日頃から味わうことができた。
また、ピアッツァの美点として触れなくてはならないのが操作系の秀逸さ。豊富なスイッチ類は扱いやすく、(最新の)タッチパネルで複雑な階層操作をさせるよりも直感的で操作しやすい。免許を取りたてのころの筆者は後輪駆動のMT車で、さらに美しいクルマを所有できた喜びは大きかった。唯一、年老いた親族を後席に乗せたときに乗降性の不便さに申し訳なく思ったくらいで、そのせいで次のクルマは4ドアセダンにしようと決意した次第。
そうしてコミコミ30万円で購入したピアッツァは、大幅な値引きに加えて20万円という高い下取り価格で日産HNP10プリメーラT4の頭金となったのである。今でもまれにピアッツァを見かけると惚れ惚れする。やはり美しさというのは時代を経ても不変なのだ。