古今で例をみないほど劇的な「ビッグマイチェン」
ここへ来て日本はスポーツカーの宝庫になりつつある。それも、良いスポーツカーの。
マツダ・ロードスター(ND)も度重なる改良で、世界で無二ともいえる量産ライトウェイトスポーツカーとして爽快な走りを堪能できるし、トヨタGR86/スバルBRZはコンパクトなクーペでありながらも4人が乗れる実用性を確保したうえで高いスポーツ性能を持つ。そして真打ちは、ついに日産から登場した新型フェアレディZである。
正直、ちょっと驚かされた。日産の北海道陸別試験場での試乗中に思わず出た言葉が「いい、これはいい」であった。コロナ禍の最中で開発されてきた車種でもあり、新型フェアレディZは、このテストコースを中心に育て鍛えあげてきたものだから、その環境下で走らせて良いのは当たり前、というのが通常の私の見立てなのだが、それを差し引いたとしても、動力性能やハンドリングとともに、なにより乗り味が抜群にいい。
基本型式は従来と同じ「Z34」。つまりこれはフルモデルチェンジではなく、いわゆるビッグマイナーの類なのだが、これまで同様なカタチでの新型投入で「フルモデルチェンジ並みのマイナーチェンジ」とうたったクルマはあれど、これほど劇的に進化と洗練を感じさせたのはメルセデス・ベンツCクラス以外ではこれだけ。しかも、それをも上まわっている。
1969年/S30:カジュアルに乗れる美しいスポーツカー
それにしても初代フェアレディZ(S30型)が1969年に誕生してから53年。一時期途絶えたこともあったが、GT-Rとともに日産を象徴するスポーツカーとして、綿々と歴史を重ねてきた。生産台数は180万台を超えている。はるかに高価なポルシェ911が1963年の誕生から55年の時点(2018年)で100万台を越えていることも驚異だが、そのポルシェ911とともに、数のうえでも世界を代表するスポーツカーである。
S30はもともと北米市場を念頭に開発されたものであったが、開発時の目標と伝えられる、美しいスタイリングに、価格面も含め日常性を備えたスポーツカーという目論みは見事に当たって、9年間で52.4万台もの生産を果たしている。
高性能バージョンの「Z432」や、後に追加されたロングノーズにオーバーフェンダーを備えた「240Z-G」による強烈なスポーツカーのイメージが強いが、北米では女性でも構えずに乗れるスポーツカーというのが本来目指した姿だった。ただし、頑丈だと定評を得たL型6気筒エンジンはチューニングの余地を多く持ち、また当時としては高度だった4輪ストラット式サスペンションなど、スポーツカーとしてのポテンシャルをきっちり備えていたことが、後々まで評価を高める結果となっている。
1978年/S130:GTカー的な性格が強まる
1978年のフルモデルチェンジで登場した2代目(S130型)は、それこそ厳しくなる排気ガス規制の洗礼を受けた世代だ。当時のL20型エンジンはすっかり牙を抜かれたようなもっさりした回り方になっていたが、そこで国内向けにもトルクに余裕のある2.8LのL28型を搭載した「280Z」を設定したことで、スポーツカーとしての走りを保てた感がある。どちらかというとGTカー的性格がより強められた世代でもある。
後期型では、日産が日本車としてセドリック/グロリアで先鞭をつけたターボエンジン(L20ET型)を国内仕様に搭載。これでふたたび2Lモデルでも不満のない動力性能を確保できている。また、このモデルでは、今で言うところのプラットフォームのベースをスカイライン、ローレルなどと一部共用化し、リヤサスはセミトレーリング式を採用している。
Zが上級スポーツカーとしては安価であったのは、まさしくこの量産モデルからのプラットフォーム、サスペンション、パワートレーンの流用、共用化があってこそ。S130は5年という短い販売期間でありながら約45.7万台が生産されたことでも人気がうかがえる。
1983年/Z31:ハイパフォーマンス化しつつもマイルドさを残す
1983年に登場した3代目(Z31型)は、Zにとっての転換期。日本の経済高度成長期であったこともあって、日常性を重視したスポーツカーからいわゆるハイパフォマンス・スポーツカーを目指した。
エンジンは直6からV6に替わったが、ボディフォルムはロングノーズを継承。パワー的には、とくに3LのVG30ET型エンジン搭載モデルは195ps(グロス)で、当時としては圧倒的な加速力を有していた。
ただ、北米市場が主であることもあり、当時FRモデルであったポルシェ924や、1983年にデビューしたポルシェ944に比べるならば、遥かにGTカー的なマイルドさが備わっていた。
そうした中で、直6のRB20DET型エンジンを搭載し、スポーツ指向を明確に高めた「200ZR」を1985年に投入。このエンジンはターボチャージャーのタービンを軽量なセラミック製としてレスポンスの劇的な向上を果たしていた。余談ながら、このセラミックタービン、我が家のガラス戸棚の中にいまもオブジェ的に飾ってある。
この200ZRと、さらに1986年に投入された「300ZR」(自然吸気のVG30DE型エンジン搭載)とともに、歴代Zの中で最もハードな足を与えられ、GTカー指向とは一線を画すリアルスポーツに仕立てていた。
1989年/Z32:スタビリティに優れたリアルスポーツ
約33万台を生産したZ31を継いで1989年に登場した4代目・Z32は、それこそ日本のバブル経済を極めた時期の開発で、1988年に発売されたR32スカイラインとのキャラクターの違いも明確にした、より北米志向ともとれる仕上がりになっていた。
一方で、当時の日産は「901計画」と呼ばれた「90年代にハンドリング世界一になる」との目標を掲げた開発を推進しており、サスペンションは4輪マルチリンク式、さらに後輪操舵のスーパーHICASを与えるなど、サスペンションの材質まで含めて贅沢な造りで、スカイラインは曲がる性能、Zはスタビリティにおいて、明らかに当時のライバル達を凌いでいると思わされたものだ。
発売後ほどなくしてバブル経済が弾け、さらに日産の経営状況もどん底まで陥った2000年にZ32は生産終了したが、そうしたなかでCEOのカルロス・ゴーンのゴーサインで開発が進めらていたのがZ33である。氏の功罪はともかく、「Z」と「GT-R」の復活はカルロス・ゴーンなくしては無かった。
2002年/Z33:骨太なハンドリングマシンを割安に提供
2002年に登場した5代目(Z33型)は当初2シーターのクローズドボディのみで、2003年にはロードスターを追加した。エンジンも初期はVQ35DE型1種のみ、後期はVQ35HRとそのNISMOバージョンだけという割り切りで、スカイラインとプラットフォームやパワートレーン系を基本的に共用としていたとはいえ、この性能を備えた本格的なスポーツモデルとして、価格は圧倒的な割安感を携えてきたことにも驚かされた。
さらに骨太の走り感と、いかにも日産らしいのは、FRだからドリフトといった短絡的な走りの作り込みではなく、まずスタビリティありきというハンドリングの在り方で、これは、今回の新型フェアレディZに至るまで、しっかりと受け継がれている。
2008年/Z34:MT車のシンクロレブコントロールを世界初採用
Z33は6年間で23.4万台を生産し、2008年に6代目(Z34型)が登場。車体の成り立ちはZ33からのキャリーオーバーだが、ホイールベースは100mm短縮されていた。当初からロードスターありきで開発していたこともあり、当時として圧倒的にも思えたボディ剛性感の高さは印象的だったが、短くなったホイールベースのなかでスタビリティとハンドリングのバランスを保てたのも、磨かれた空力性能とともにこのボディがあってこそであった。
自然吸気V6 3.7LのVQ37VHRエンジンの豪快な回り方、パワフルさは粗さと表裏一体ではあったが、スポーツカーらしさという点においては随一ともいえた。また、MT車のヒール&トーを無用としたシンクロレブコントロールは、今でこそポルシェをはじめ、ほかのMT車に採用されてきているが、Z34が世界で初めて装備し、MT車のスポーツドライビングの概念を変えることにもなった。
日産のふたたびの業績低迷もあり、結局14年もの長きにわたり改良を繰り返しながら生きながらえてきたZ34だったが、逆に近年では新車で買えるクラシカルスポーツといった評まで生まれ、最後まで愛され続けてきた。
2022年/新型RZ34:圧倒的に速いAT、小気味よく楽しいMT
そして2022年、待望の新型Zの発売である。それにしても、基本をキャリーオーバーしたなかで、そして最新装備を加えながら価格上昇を可能な限り抑え、この仕上がりはお見事というか、久々の脱帽ものだ。
テストコースという限られた環境、時間のなかでの試乗なので、細かいところまでは知れないが、従来のZ34に比べて圧倒的に走りが洗練されている。じつは、この試乗の1週間ほど前に前Z34の「Version ST」(7速AT)の広報車をお借りして乗っておいたので、その進化度合い、違いが手にとるようにわかったのだが、まずはエンジンがいい。ターボとしてのパワーとトルクの厚みとターボらしからぬレスポンスが同居し、しかも全域スムースだ。
乗ったのは「Version ST」(9速AT)とベースグレード(6速MT)。これはトランスミッションによる差だけでなく、前後異サイズの19インチタイヤ+機械式LSD+対向ピストンブレーキに対して、前後同サイズ18インチタイヤ+オープンデフ+シングルピストンのブレーキという違いを知りたかったためのチョイスだ。
ATにもMTにもローンチコントロールが備わるが、クラッチをいたわる意味から、使用を許されたのはATのみ。これがじつに巧みな全力発進を行う。MTでは、駆動輪のスリップ率を効率が高いとされる30%程度に抑えた発進を試みて、大方目論み通りにアクセルとクラッチコントロールをできたと思えたが、それでもATのローンチコントロール使用のほうが確実に速い。
さらにアップシフトは、ミッションを若干いたわりながらのほぼ全開シフトでも、ギヤステップ比の小さいATによる素早い変速には適わない。やっぱりもうATの時代だな、と思うも、スポーツドライビングでは、シンクロレブコントロールに助けられたMTのダウンシフトは、これまた小気味よくて楽しいのだった。
ただ、シフトフィールを改善したというMTだが、シフトストロークそのものはむしろ大きくなっており、操作感が心地よくなっているか、正確性を増したかは微妙だった。
ドライバーの意思にしっかり応える気持ちいい走り
それにしてもこのエンジン、全域でなめらかでいてパワフルだ。速度リミッターが180km/hで作動してしまうが、4速でも5速でもアクセルワークに対して自在の加速性能を有する。このアクセル操作に対するパワーの出方もまた、ドライバーの意思を尊重している。
グレードによる違いが大きく現れたのは、高速域の安定性。どちらも荒れた路面でも悪くないのだが、ダウンフォースをしっかりと感じさせた安定感が得られるのはフロント&リヤにスポイラーを備えたVersion ST。これと比べてしまうとベースグレードは心持ち落ち着かない。輸出仕様の速度リミッターが、スポイラー付きの仕様は250km/h、無しの仕様では220km/hに設定されるのも、この高速安定性によるという。
ハンドリングでは、オープンデフのベースグレードも、持ち前の高い接地性を活かした自然な動きを備える。タイヤの絶対的なグリップを抑えていることもあって、その気になれば心地よい滑り感も得られる。もちろんVersion STは旋回速度自体が高く、後輪駆動としてはVDCの介入までも余裕がある。いずれにしても、ブレーキングから旋回姿勢に入るまでの一連の動きがドライバーの意思をしっかり反映するもので、不自然さ、嫌な動きといったものは、ほとんど生じない。
今回のワインディングコースでの試乗は日常のテスト時とは逆周回での走行のため、かつての記憶も役にたたなかったのだが、それでも強い緊張感を強いられることなく、気持ちよく走れた。Version STは旋回限界が高いこともあって、後輪の滑り出しが少し唐突に感じることもあったが、それも含めて、ただただ「心地いいね、この走り」で試乗を終えた。
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これまでのZ34に比べて、音の面でもスピーカーから奏でられるエンジン音がしっかりスポーツマインドをそそるものであったり、耳について仕方なかったロードノイズや、リヤゲート周りに起因するドラミングも消えてすっきりとしたなど、日常の走りの中での快適性も高められていることも確認できた。
「なんだ、型式はZ34のままじゃない」という声もあるようだが、歴代Zを振り返ってみても、これはZのあるべき姿にきっちり仕立てられてきたもの、と思えている。