特別なディーノの、特別な一台
さる2022年5月、クラシックカー/コレクターズカーを取り扱うオークションハウスとしては業界最大手のRMサザビーズ欧州本社がモンテカルロ市内の大型見本市会場で開いた「MONACO」オークションでは、世界中のセレブレティが集まるモナコという土地柄もあってか、フェラーリやランボルギーニなど華やかで高価なクラシック・スーパーカーの出品が数多く見られたようだ。
今回はその中から、一台の「ディーノ」をご紹介しよう。「ディーノGT」は、この種のオークションでは常連で、さほど珍しくもないのだが、この出品車両は内外装の仕立てからオプション、さらにはヒストリーに至るまで、特別な要素満載の一台だったのだ。
市販フェラーリ初のミッドシップ+オープン
フェラーリが初めてリリースしたミッドシップのストラダーレ(ロードカー)、ディーノGTは、レース用エンジンのホモロゲートのため、あるいはミッドシップ市販車の実験的要素も込められた「206GT」からスタートした。
1969年にはエンジンを2.4Lに拡大するとともに、ボディの一部およびエンジンブロックをスティール化。さらにホイールベースを60mm延長することで実用性や生産性を向上させたディーノGTの本命「246GT」へと進化させることになる。
こうして誕生したディーノ246GTだが、その生産期間中にはいくつものアップデートを受けている。
最初期モデルの「セリエ(シリーズ)L」では206GTから踏襲されたセンターロック・ハブ+スピンナーのホイールは、1971年初頭から生産された「セリエM」以降は5穴のボルトオンタイプへと変更。さらに同年末から生産開始された最終版「セリエE」のシリーズ中途には、前後のバンパー形状も206GT以来のラジエーターグリルにくわえ込むスタイルから、グリル両脇に取り付けられるシンプルな意匠に変更されるなど、そのマイナーチェンジの内容は多岐に亘るものだった。
そして、特に北米マーケットからのリクエストに応えて、セリエEのデビュー1年後にあたる1972年のジュネーヴ・ショーでは、デタッチャブル式トップを装着したスパイダー版、つまり今回の「MONACO」オークション出品車である246GTSが追加デビューを果たすことになる。
GTSの誕生以前には、ミラノのパヴェージ(Pavesi)やアメリカの複数のカスタム業者がベルリネッタを改造して製作していた例はあったが、フェラーリが自らディーノのスパイダー版を製作するのは、この時が初めてだった。
246GTSは、マットブラックないしはボディ同色のデタッチャブルトップを持つことに加え、リアサイドウインドウを廃される代わりに三条のグリルが設けられていた。
また、エンジン/トランクリッドを開くノブがセキュリティ対策として室内に設けられることや、ディフレクターの縁がクロームメッキからマットブラック仕上げになるなど、ディテールにも変更点が存在する。
アメリカはもちろん、ヨーロッパの顧客にとってもスパイダーモデルの登場は待ち望まれていたようで、結果として246GTSは1274台が生産。セリエEの生産台数の大多数を占めるヒット作となったのだ。
フランスの国民的女優が秘蔵したディーノ
2022年5月24日、F1モナコGPコースの「ポルティエ」コーナーからほど近い大型の見本市会場、グリマルディ・フォーラムを舞台として開催された「MONACO」オークションに出品されたディーノ246GTSは、1973年型のアメリカ仕様車。
主に北米市場向けのオプションだったという「デイトナスタイル」の本革シートと幅広のホイールアーチを与えられ、246GTSでは望ましいとされる「チェア&フレア(Chairs and Flares’)」仕様の一台である。
1973年5月に工場で完成したこの車両は、新車時から「ロッソ・コルドバ」と名づけられた濃いワインレッドで仕上げられていた。このボディカラーは非常に珍しいもので、すべてのディーノ246GTおよびGTSの中でも、新車時からこのカラーでオーダーされたのは約50台に過ぎないという。
また、これも新車時からエアコンやパワーウィンドウなどの装備が充実しており、マグネシウム製のカンパニョーロ社製ワイドホイールに14インチのタイヤが当初からオプション装着されていた。ちなみに「フレア」フェンダーは、このホイール+タイヤを納めるためのものである。
マラネッロ工場での完成後、ウィリアム・F・ハラーの経営する西海岸におけるフェラーリ輸入代理店、ネバダ州リノの「モダンクラシック・モーターズ」社がアメリカ合衆国に輸入。カリフォルニア州ロサンゼルスに住むファーストオーナーに引き取られた。
フェラーリの世界的権威であるマルセル・マッシーニ氏の調査によると、この246GTSはアメリカ国内でさらに3人の所有者のもとを渡り歩いたのち、1994年ごろにヨーロッパへと帰還。モナコのディーラーから、売りに出されたとされる。
そして、フランスのスーパーモデルにして国民的女優とも称されるレティシア・カスタ氏の署名入り申告書により、このディーノ246GTSの所有権が2006年1月から2017年3月の間には、彼女のもとにあったことが証明されている。
面白いことに、レティシアは運転免許を取得していないため、このディーノを一度も運転したことがないとのこと。ディーノの流れるような曲線としなやかなデザインに惹かれて、ただ身近な場所に置きたくて購入したと考えられているようだ。
それでもこの間、2012年から2018年までの請求書が残っていることから、フランス・パリ近郊の「ミシェル・メルシエ・オトモビル」社で保管・管理されていたものと推測。この間、ボディおよびメカニカルパートに大規模な改修が行われたことが判明しており、今回の出品に際しては、前述のドキュメントともにワークショップでの様子を撮影したフォトアルバムも添付されていた。
相場よりも高額なプライスで落札
そして5月24日に執り行われた競売では、53万9375ユーロ(邦貨換算約7500万円)で落札されたのだが、この落札価格は近年5000~6000万円くらいで取り引きされる事例の多いディーノ246GTSとしては、かなりお高めである。
希少なカラーリングとオプション装備が新車時代から維持されていること。ラインオフ以来、現在に至るヒストリーが判明・証明されていることも重要な要素である。
しかしとりわけ大きな理由として挙げるべきは、日本での知名度こそ高くないものの、フランスでは国民的な人気を誇る女優が10年以上にわたって所蔵していた車が、フランスに隣接するモナコで競売にかけられたことだったに違いない。