ハード性能は良かったが量産能力とコストがネックに
エンジンは同世代のポルシェ356ベースの1.5L。1955年の秋からは1.6Lとなるが、出力はいずれも50psの空冷水平対抗4気筒エンジンである。ソフトトップを張らない状態でのボディサイズは、全長×全幅×全高がそれぞれ3700mm×1560mm×1235mmとコンパクト。車両重量は1090kgで、最高速度は100km/hと言われた。
しかしこのときの軍用オフロード車のコンペでは、最終的にアウトウニオン・グループの「DKWムンガ」が勝ち残り、ドイツ連邦軍の小型オフロード車として正式採用されることとなった。それはポルシェ・タイプ597の性能が劣っていたわけではない。ハード面ではむしろ優れていた。タイプ597が不採用となったのは、高い開発費とそれにともなう1台あたりの価格の高さ、組み立て時間の長さ、スペアパーツの汎用性の問題などにあった。
一生モノにもなりうる高性能なスポーツカーと、戦場で破壊される可能性を前提とした軍用オフロード車では、その目指すべき理想は異なるのだ。ポルシェに限らず古今のドイツ製兵器は、理想のスペックを追い求めるあまり運用面での負荷が大きいプロダクトが多い印象だが、それはこのタイプ597にも当てはまる。
幻のプロトタイプがモントレーのオークションに登場!
ドイツ連邦軍への採用は見送られたものの、ポルシェはこのタイプ597を「ヤクトワーゲン(Jagdwagen)」の名で、引き続き国内の好事家や、海外の軍などへの売り込みを図った。しかしこの「オフロードのポルシェ」は、さほど大きな話題とはならず、1956年から1960年にかけて71台が生産された時点でその役目を終えた。現存する実車はごくわずかと言われる。
高級で、快適で、オンもオフもオールマイティにこなすポルシェ──カイエンの登場はタイプ597の登場からおよそ半世紀も後の2002年のこと。ちなみに車名の「ヤクト」は狩り、「ワーゲン」は自動車の意であるから、ヤクトワーゲンは「狩猟車」となる。「フォルクスワーゲン(国民車)」の名称同様、そのストレートなネーミングもまたポルシェらしい、そしてドイツ車らしいものだ。
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2022年8月にアメリカ・カリフォルニアでRMサザビーズが開催したオークション「MONTEREY」では、このポルシェ597のシャシーナンバー「0005」のプロトタイプが登場。66万5000ドル(約9110万円、2022年8月26日のレート=1ドル137円で換算)で落札された。
ポルシェの歴史のなかでも特異点のような存在であり、この姿を見て「ポルシェだ」と認識できる人はほとんどいないだろう。そんな博物館級の超レアモデルだけに、クラシック・ポルシェの相場が高騰して久しい現在、9000万円というプライスは決して高くはないと思われるが、いかがだろうか。