独創的な発想が生むRB26DETTチューニング理論
R32スカイラインGT-Rの時代から積極的にドラッグレースに参戦し、数々の記録を打ち立ててきた広島県福山市のチューニングショップ『ウエストスポーツ』。GT-Rを得意とする同店は、他とひと味違う独自のセットアップを施すことで有名だ。ウエストスポーツ流のGT-Rチューニングにはいったいどんな秘策が隠されているのか? 前/後編の2回に分けてその秘密に迫りたい。前編では「理想のRB26DETT」について亀谷治夫代表に話を聞く。
(初出:GT-R Magazine 154号)
Vカムの装着で低速トルクを補うのが第一歩
2020年でオープンから30周年という節目を迎えた『ウエストスポーツ』。第2世代GT-Rでは1000ps超でゼロヨン8秒台というモンスターマシンを手掛け、古くからエンジンチューンにおいては同業ライバルからも一目置かれる存在である。
「R32からR33の時代はとにかくパワーを追求しました。当時、谷田部のテストコースで行われていた0-300km/h計測で一番になることを狙っていたのです。結果的には機会に恵まれずトップを獲ることはできませんでしたが、あのころに積んだ経験は現在も生かされていると思います」と語る亀谷治夫代表。
名うてのチューニングショップが加盟する『CLUB RH9』創立初期から主要メンバーとして活動し、同クラブが主催する鈴鹿サーキットのタイムアタック企画では、1000psオーバーのR35デモカーでチューンドGT-Rのコースレコード「2分4秒649(’20年当時)」をマーク。そんな経歴を聞くと、超ハードな仕様を得意とするショップというイメージを抱くかもしれないが、同店を訪れるGT-Rオーナーの大半が求めるのは“ストリート仕様”だという。
「当店の第2世代GT-Rのお客さまはHKSの可変バルタイシステム Vカムの装着率が非常に高く、常連さんはほぼ100%に近いと言ってもいいほどです。レブリミットが8000rpmという高回転型のRB26DETTは、どうしても4000rpm以下での力不足が否めません。低速からトルクが確保できるという点で、Vカムの装着は街乗りで絶大な効果を発揮します。R32の時代からHKSさんには懇意にしていただいており、当時は本社のエンジンベンチでウチのデモカーのRB26をテストすることもありました。Vカムが発売された際も、確かショップでは当店が装着第一号だったと思います」
2.6Lの排気量のままでも十分に楽しめる!
当時、HKSでGT-Rの開発担当をしていたのは現社長の水口大輔氏で、開発時のデータを提供してもらいながら日夜セッティングを煮詰めたという。そんな長い付き合いもあり、同店で扱うRB26のエンジン関係のパーツはほぼHKSの製品がメインになっているとのことだ。
「Vカムと併せて2.8L仕様にステップアップされる方も多いですが、2.6LのノーマルのままでもまずはVカムを装着することを勧めます。これにGT‒SSタービンやGT2530タービンを組み合わせることでノーマルよりも扱いやすくなり、パワー的にも楽に500psオーバーが可能となります」
ニッパチ(2.8L)+Vカムは第2世代GT-Rオーナーの多くが口にする「理想の仕様」である。ここで取り上げるR34GT-R VスペックIIニュル(オーナー:小畠光昭さん)は、同店のユーザーの中でトップランクのスペックを誇る一台。HKSの2.8LキットにVカム・ステップPROを組み合わせ、GT2530KAIタービンで実測637ps/74.2kg‒mを発生している。
「低速トルクの確保に関しては通常のVカムでも十分ですが、ステップPROのカムシャフトは中空構造となっており、軽さに加えて捻れにも強く、高回転域の伸びに差が出ます。ハードウェアの性能はもちろんですが、最終的に鍵を握るのはやはりコンピュータのセッティングだと考えています」と亀谷代表は説く。
数値に表れない領域まで調律すればフィーリングは激変
同店ではコンピュータセッティングはすべて現車合わせで施しており、純正ECUベースのロムチューンとHKSのFコンV PROによるフルコン制御の双方を手掛けている。
「ロムチューンと比べると、Vプロのほうが圧倒的にセッティングの幅が広がります。パワーはハードウェアの性能である程度決まるものだと思っています。わたしはピークの数値はあまり重視していません。最も重要になるのは過渡領域での特性です。先ほどステップPROのカムのメリットをお話ししましたが、通常の中実構造のカムは高回転域で微妙に捻れが発生することで、6番シリンダーの点火時期に遅れが生じてしまいます。それは純正のクランクシャフトにも言えることで、6番の点火が2度くらいずれることもあるほどです。そうなると、せっかくバランスの取れた直列6気筒でも各気筒の燃焼に差が生まれてしまいます」
亀谷代表が拘る「過渡特性」とは、数値には表れない領域まで入念に調律することを指す。気筒ごとにアンバランスな燃焼を揃えてあげることでよりスムーズにエンジンを回し、下から上までキレイに吹け上がることを意味するという。
「Vプロにもある程度基準となるベースのデータが入っているのですが、わたしはほかのチューナーとは違うアプローチでセッティングを進めています。各気筒別に点火時期と燃調を整えますし、マップにはVプロとは別のフルコン(リンク)の計算式も応用しています。ピークの性能はハードでだいたい決まってしまいますが、最終的にはセッティングでいかにバランスが取れるかが重要です」
ツボを抑えれば高ブースト圧でも壊れない!
同店で最もポピュラーなのは2.8L+Vカム+GT-SSタービンという仕様で、最大ブーストは通常1.3kg/cm2あたりが一般的である。だが、亀谷代表いわく、
「もっと上げたいならば、1.5kg/cm2とか1.6kg/cm2掛けても問題ありません。それにはヘッドガスケットをステンレスのメタル製に換えていることが前提で、もちろんインジェクターの容量など物理的な限界はありますが、ブースト圧を上げてもノッキングを起こさなければエンジンは壊れないのです。パワーを出すにはBIGサイズのタービンが必須というイメージがありますが、燃焼効率をしっかりと確保したセッティングを施せば、小さめのタービンでもブーストを上げることでパワーを得ることが可能なのです」
同店でエンジンをオーバーホールしたGT-Rオーナーの多くは15年、20年と施工後もノントラブルで、エンジンを降ろすことなく乗り続けているという。ハードウェアの選択である程度の性能は決まるが、実際にドライバーが感じる過渡領域でのフィーリングはチューナーによるセッティングの“さじ加減”で決まる。それがウエストスポーツの哲学なのだ。
後編では、鈴鹿サーキット最速ホルダーである同店の“R35デモカー”の秘密に迫る。
(この記事は2020年8月1日発売のGT-R Magazine 154号に掲載した記事を元に再編集しています)