ガソリン消費量を少なく排出ガスに含まれる有害物質の浄化基準を達成
1970年に、クルマの排出ガス規制が始まったとき、世界の自動車メーカーは頭を抱えた。それまで、一酸化炭素(CO)の排出を抑制する動きはあったが、排出ガス中の有害物質である、炭化水素(HC)と窒素酸化物(NOx)、そしてCOを含めた3つの要素をすべてを削減する大掛かりな規制は、はじめてだったからである。
なぜ、頭を悩ませたかというと、COとHCは、酸化の化学反応でCO2(二酸化炭素)とH2O(水)に無害化できる。しかし、NOxは、還元の化学反応で、N(窒素)とO2(酸素)に無害化しなければならない。酸化と還元は、まったく逆の化学反応だ。酸化は、O2(酸素)を加える反応であり、還元はO2(酸素)を取り除く反応だからだ。これを、原価を上げず簡単な装置で同時に実現するのが難しい。
しかし、世界で一社、この排出ガス規制への適応で勇躍した自動車メーカーがある。それがホンダだ。創業者の本田宗一郎は、戦後にガソリンエンジンを自転車に取り付けることでバイクの製造に道を拓き、続いてクルマの生産に乗り出した。その間、つねに目指したのは欧米の自動車産業に追いつけ、追い越せであった。
各自動車メーカーが排出ガス浄化のため後処理装置の開発に取り組むも苦戦
ホンダ(本田技研工業)の創立は1948年だ。1886年にドイツでカール・ベンツがガソリンエンジン自動車を発明してから60年以上が経っている。大量生産によるクルマの普及を実現した米国フォードの創業は1903年で、大衆車となるT型が発売になったのは1908年のことだ。第二次世界大戦の前から、日本国内でもフォードやゼネラルモーターズ(GM)のクルマが走っていた。
ところが、排出ガス規制の達成については、そうした先達の自動車メーカーを含め、世界の自動車メーカーが0からの開発を同時に始めたものであり、同じ条件で競える場になった。各自動車メーカーは、排出ガス浄化のため後処理装置の開発に取り組んだが、先に解説したように、酸化と還元のできる装置の開発に苦戦した。
ホンダが採った策は、排出ガスを後から浄化するのではなく、そもそもエンジンで燃焼する際に有害物質の排出を減らすことだった。それが宗一郎の意向であり、希薄燃焼の実現だった。燃やすガソリン量を減らせば、出てくる有害物質も減るという考えである。
しかし、ガソリンと空気の混合気は、理論空燃比という燃え切るための理想的な比率がある。じつは、理論空燃比でもなかなか燃え広がらず、現実的にはガソリンを濃くして燃やしている。希薄燃焼は、その理論空燃比よりガソリン使用料を減らし、薄い混合気を燃やそうとする挑戦である。
そして生まれたのが、CVCC(複合渦流調速燃焼方式)だ。元々ディーゼルエンジンで使われていた副燃焼室を主燃焼室と別に向け、副燃焼室で濃い燃料を燃やし、その火炎を主燃焼室へ広げ、薄いガソリンでも燃やし切ろうというのである。
年を追うごとに厳しくなった排出ガス規制に対応した
副燃焼室では着火しやすい濃い燃料を使うが、それは火をつけるだけなので小さな副燃焼室の空気量に対する空燃比であり、全体的なガソリンの消費量自体は少なくできる。そのうえで、その火を主燃焼室へ燃え広がらせる発想だ。これにより、従来に比べガソリン消費量を少なく抑え、排出ガスに含まれる有害物質の浄化基準を達成したのである。
その後、三元触媒と呼ばれる、酸化と還元をひとつの装置で実現できる排出ガス浄化策が編み出され、ホンダもこれを利用し、年を追うごとに厳しくなった排出ガス規制に対応した。
しかし、希薄燃焼という考えは、のちの燃費向上の面で不可欠となり、今日のガソリンエンジンにおいてもCVCCと別の手法ではあるが、筒内への直噴という燃料供給技術を利用して希薄燃焼を行い、燃費を改善しているのである。
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少ない燃料でいかにクルマを走らせるかという考え方は、CVCCでは排出ガス浄化に活用され、現在は燃費向上策として用いられている。原理原則という根本を見逃さず、理想を目指す姿勢が、ホンダを世界の名だたる自動車メーカーに押し上げたのである。