エンジンにも手を加えるほど初めから本格派だった
ランサーエボリューションは1992年の10月に市場に投入されました。競技ベース車両として無駄なものは削ぎ落とされたRSモデルもあり、モータースポーツ参加者からの熱烈な購買力もおびき寄せ、数日間であっと言う間に2500台以上も売れてしまいました。
RSの車重は、もうひとつのグレードであるGSRに比べて70kgも軽量な1170kgでした。エンジンもギャランで磨いてきた「4G63型」を踏襲したとはいえ、クランクやコンロッドなどまでサイズ変更し、フリクションロス低減など緻密な改良がなされています。
市販車でのパワーもVR-4より10psアップの250ps。グループA車両では空力パーツなどの変更も認められていませんので、リヤにはウイングが標準で備わり、WRCで勝つために仕込まれた市販車は、すでに精悍さが際立つフォルムでした。
ランエボのWRCデビュー戦は1993年1月の初戦モンテカルロで迎え、4位で終えています。しかし初代ランエボは、ギャランから一気にショートホイールベース化し、軽量コンパクトに突き進みましたが、サスペンションなどトータルに熟成が進んでおらず、アンダーステア気味の操作性に苦しんでいたという話もあります。
初代登場から2年でエボIIへと進化
実戦でどんどん煮詰められていき、早くも1994年1月にエボIIが市場投入。フロントロアアーム新設、前後トレッド幅拡大、クロスミッション採用などで徹底したステアリング向上が図られます。ここに、年を経るごとに市販車バージョンへの改良が盛り込まれる「エボリューション」モデルとしての進化が始まることになったわけです。
そのころWRCの前線には、手強いランチア「デルタ」、トヨタ「セリカGT-FOUR」、スバル「インプレッサ」などの敵陣に、ユハ・カンクネン、カルロス・サインツ、ディディエ・オリオール、コリン・マクレーなどがワークスチーム契約を替えながらも立ちはだかっていました。
ランサーはエボIIでケネス・エリクソンが、念願の初勝利を1995年のスウェディッシュ・ラリーで遂げます。これまでのスポット参戦から本格化し、前年に日産チームにいたトミ・マキネンを加えてのチーム体制へ強化しています。
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こうして確実に強さを手に入れていったランエボ。次のモデルであるエボIIIではさらなる進化を遂げ、ついにWRCでシリーズタイトルを獲得することになります。後編では、エボIIIから最後のWRC参戦マシンとなった、WRカーのランサーエボリューションWRCまでを振り返ります。