「三菱i」そっくりだが装備は極限まで削ぎ落とされる
ボディサイズは全長×全幅×全高が3.1×1.5×1.6mとほぼ軽自動車並み。リヤに搭載されたエンジンは33psを発生する2気筒623cc。そのデザインやレイアウトには、同時代の日本の軽自動車「三菱i」の影響が強く感じられる。
標準グレードではドアミラーは運転席のみでパワステ、パワーウインドウもオプション。ABS、エアバッグ、オーディオやエアコン、タコメーターなども備えず、リヤのテールゲートも持たない。ブレーキは四輪ドラムで、トランスミッションは4速マニュアルのみ、さまざまな安全デバイスや装備が、まさに究極まで削ぎ落とされており、そのコストカットに対するこだわりはもはや執念とすらいえる。
インドの大衆にクルマを普及させるも10年で退役
1台のバイクに一家4人がしがみつくように乗って移動しているのは、途上国ではよく見かける風景だが、そんなインド国内の現状を憂いたラタン・タタ会長の「一家全員がもっと安全に移動できる乗り物を作るべきだ」という思いから開発が始まったと言われる。
シトロエンのピエール・ブーランジェの「フランス農民の手押し車に代わる乗り物を!」。あるいはフィアットのヴィットーリョ・ヴァレッタの「スクーター・ユーザーの受け皿となる小型車を!」。そんな志から誕生したシトロエン「2CV」や2代目フィアット「500」のエピソードも思い起こさせる、タタ・ナノ。
発売当初は大きな話題となり受注も殺到したが、販売価格を上まわる原材料費の高騰、インド国内第一と割り切った設計ゆえに国外市場への展開が難しいなどの要因も重なり、その勢いにはやがて翳(かげ)りが見えはじめる。「世界一安い庶民のためのクルマ」として生まれたインドの国民車「タタ・ナノ」は、フルモデルチェンジした2代目のデビューから3年後の2018年、静かに歴史の舞台から消えていった。