バブル期に日本でも大人気だったヒロ・ヤマガタ
2022年8月中旬に北米カリフォルニア州モントレー半島一円で開催された「モントレー・カーウィーク」における最大規模のオークション、RMサザビーズ「Monterey」では、フェラーリを筆頭とする素晴らしいクラシックカー/コレクターズカーたちとともに、1台の非常に珍しいアート作品が出品された。
「アートカー」と呼ばれるジャンルを象徴するとも言われる1台。1980~90年代に、かのヒロ・ヤマガタ氏がメルセデス・ベンツ「220カブリオレA」をキャンバスとして描いた作品群「アースリー・パラダイス」のひとつである。
ベースはメルセデス・ベンツの希少なカブリオレ
長年、北米ロサンゼルスに在住している日本出身のシルクスクリーン画家、ヒロ・ヤマガタは、ある目的のために「メルセデス・ベンツ220カブリオレAの現代的レストアの第一人者」と呼ばれるに相応しい存在となった。
1980年代後半から、ヤマガタは世界中から約30台もの220カブリオレAを自ら蒐集した。そして、ボディはもちろん、内装のウッドワークやラジオの金具に至るまで、専門職人の手によって丁寧なレストアを施させた。しかし完成したメルセデスは、乗ることも、コンクール・デレガンスに出品することもなかった。ヤマガタの芸術的センスの見せどころとなる、いわばキャンバスとなったのだ。
ボディは白いマットなアクリルペイントで仕上げられ、そのボディパネル全面がヤマガタのフロントバンパーからリヤバンパーに至るアートワークのための下地となった。
美術評論家のサム・ハンターは、「工業製品としてのクルマの象徴を逆転させ、自然との調和をもたらした」と述べている。鮮やかで美しい鳥や花などの自然の風景がデザインされ、ジャングルや熱帯夜を思わせるエキゾチックなテーブルを作り出している。
ヤマガタ画伯はこの作品についてインタビューを受けた際に「私が描く風景は、ドリーミーだとかサイケデリックだとか言われることがあります。陸や海の動植物をよく見れば、自然界にはサイケデリックな色や生き物があふれているんです。私は自然界から絵を描いているだけなんです」と答えたという。
ヤマガタのアートカーは「アースリー・パラダイス(Earthly Paradise:地上の楽園)」シリーズと名づけられ、ロサンゼルス市立美術館や1995年の第46回「ヴェネツィア・ビエンナーレ」などに展示。さらに1997年にかけて、日本の神戸を含む世界各国の美術館で巡回展覧会に供されることになる。
これらの展覧会の多くは、ビート派の詩人アレン・ギンズバーグ氏とのコラボ企画とされ、ギンズバーグ氏は「地上の楽園」シリーズを補完するアート本を、ヤマガタとの共著で出版している。
美術館にも展示されたことのある個体
今回、RMサザビーズ「Monterey」オークションに出品されたのは、ヒロ・ヤマガタ氏が総計24台製作したとされる「アースリー・パラダイス」の中でも有名な個体。「バタフライズ&ローゼス(Butterflies and Roses:蝶とバラ)」である。
その作品名のとおり、1952年型220 カブリオレAに描き込まれた鮮やかな花模様は、まるで万華鏡を覗いているかのようであり、大きな蝶が今にも羽ばたきそうにも映る。この作品は完成ののち、オーストリア・ウィーンの「応用美術館(Museum of Applied Arts、通称MAK)」に展示されたという記録が残っている。
そして2016年に現オーナーが購入したこの作品は、そのコレクションのもと静態保存の展示品として賞賛されてきた。最近になって、走行可能なコンディションに戻す作業が完了したとはいうものの、メカニズムの世界と自然界の出会いをめぐるヤマガタのビジョンの重要な部分をなしていることに変わりはないだろう。
ヤマガタの「アースリー・パラダイス」シリーズ作品は市場に出ることが少ない……、という前置きとともに、RMサザビーズ北米本社は22万ドル~35万ドル、つまり約3150万円~約5015万円というエスティメート(推定落札価格)を設定した。
この予測値は、ベース車両であるメルセデス・ベンツ220カブリオレAが、極上コンディションであれば20万ドル以上で取り引きされる事例が多いことを思えば、決して高すぎるというものではないと思われる。
大誤算? 予想外の安価で落札
ところが実際に行われた競売では、しばしばギャンブルに喩えられるオークションではありがちな、かなりシビアな事態が待っていた。
今回は「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」での出品。この出品形態は確実に落札されることから会場の空気が盛り上がり、ビッド(入札)が進むというメリットもある半面、たとえ出品者の意に沿わない安値であっても強制的に落札されてしまうリスクもある。
このギャンブルが裏目に出てしまったのか、終わってみればエスティメート下限のさらに約半額に相当する11万7600ドル、日本円に換算すれば約1685万円という驚くほどに安価、買い手にとってはお買い得な落札となったのである。
ちなみに「アースリー・パラダイス」連作の約半数は日本に生息し、今年に入って相次いで売りに出された。じつは、筆者自身も触れる機会があったので、その詳報についても近いうちにお話しさせていただきたいと考えている。