打倒GT-Rを目標にチューニングを開始する
乗りにくいクルマは好きではない。いくらパワーがあったとしても自分自身で操れなければ実力を生かすことはできないからだ。自由自在に扱えることが大前提。手足のようになればしめたもの。この上なく楽しいし、サーキットでのタイムアップにも効果的だ。
(初出:GT-R Magazine 166号)
ブーストアップはしないでトルクアップで攻めていく
「実家が土木の仕事をしていた関係で、重機や機材を置くためにそこそこ広い場所がありました。その敷地内で中学生のころからジムニーを走らせていたんです。土の山でコケて、とてもビビったことが今も忘れられません」と昔を懐かしむ『ガレージ力』の中久木 力代表。
「名前は力と書いて『つとむ』と読みますがショップ名は『ちから』です。インパクトがあるし、海外の方にもウケがよさそうだし、何よりも覚えやすいだろうと思ったのです」
クルマが身近にある恵まれた環境で育った中久木代表。整備士の叔父は同じ三重県内にある『ウイング・タケオ』の竹尾美彦代表と仲の良い幼馴染だという。そのため学生時代から入り浸っていた。
「当時、81型のマークIIを叔母から譲ってもらいました。鉄チンホイールだったのでR32タイプMの純正ホイールを履かせようと中古品を探していると、格安な車両が出てきてクルマごと購入。結局タイプMに乗ることにしたんです」
ATをMTに載せ替えて、エンジンもRB25DETに換装。作業は自分で行い公認まで取得した。散々バイクに手を入れていたので整備の技術は身に付けている。
足まわりを好みに仕立てて、制御系に手を入れノーマルターボで頑張った。「打倒GT-R」を目標に取り組んでいく。しかし自分ではR32GT-Rに乗ったことがない。それではまずいとGT-Rを探し始める。手に入れて走らせてみると、素の状態ならば、自分が仕立てたタイプMとそれほど遜色がない。チューニングの方向性が間違っていなかったことが実感できた。
どこか1カ所だけ優れていても駄目! トータルバランスこそが肝になる
「学生のころからそんなことを実家の車庫でやっていて、その流れで大学を卒業した後にガレージ力として活動を始めました。今から18年ぐらい前で22歳のころですね」
R32は素性がよく安かったので全グレードを持っていた。数にして30台ぐらい。そのうちGT-Rは2台で走行不能な部品取り用も含まれている。お店にはR32のユーザーが多くやってきたが、ベース車両の数が減って手に入りにくくなっていったため、新車で買えるZ34に着手。Zチャレンジにも参戦し、セットアップのノウハウを磨いていく。
「それを見ていた知り合いから、新しめのクルマもやるならR35もチューニングしてほしいと言われたのです。ならば自分でもR35を体験しなければいけないと考えて、手に入れたのがこのクルマです」
ボルテックスのエアロを纏っておりパンチのあるルックスなので、さぞかしチューニングも過激に施されていると思っていたが……。
「基本的には乗りやすさを最優先させた、通勤も難なくこなせる仕様です。コンピュータに手を入れていますがブーストアップはせずに、独自のノウハウでトルクアップを施していて、気負わずに走らせられます」
パワーはほとんど上げていない。とにかく扱いやすさを追求している。クルマはバランスが命でどこかを際立たせてもよくはならない。パワーを上げればそのぶん全体をグレードアップする必要がある。R35の場合はもともとパワフルなので、パワーを稼ぐよりもバランスを整えていったほうが手応えを感じるだろうと予測して、手を入れていった。
トラックのセットアップを参考にして足を整えていく
まずは自由に操れるような柔軟な特性を目指して作り込んでいく。もちろん失敗もある。その場合は失敗の原因を追求して対応していく。すべて成功するなんてあり得ない。失敗するならなるべく早めに起こって、取り返しのつかない大事にならないで済むほうが結果的には得だという考え方を貫いている。
「このクルマで初めてサーキットを走ったときは速い、だけど重いという二つのことが印象的でした。この特性では単純にブーストアップしても面白くないと感じて、トランスミッションが壊れない範囲内でトルクアップをやってみようと閃いたんです」
その結果、狙い通りに乗りやすくなった。街中で不満がなければサーキットも楽しめてタイムも縮まる。
「パワーを上げていけば手を入れるパートが俄然増えるので、必然的にお金が掛かります。それにどんどんストリートでは乗りづらくなる。自分はわざわざ愛車に手間暇かけて乗りにくくしようとは思いません」
乗りやすさへの執着はサスペンションを見ても想像できる。直巻きスプリングを使ってガチガチに硬めた車高調などは使っておらず、現在のモデルよりもオイル容量の多いMY11用のダンパーを加工して車高調タイプに変更している。スプリングも純正ダンパーに合わせて専用の樽型を組み合わせるのだ。
「クルマの特性を決める重要な項目であるサスペンションのセッティングが得意です。仕事の関係で10tトラックなどもあるので、足の味付けなどを参考にしています」
トラックはタイヤの幅に対してリム幅の細いホイールを組み合わせている。当然、タイヤのサイドウォールに余裕が生まれてヨレやすくなる。このヨレが曲がりやすさにつながるという。この特性も活用する。
「正直言って愛車とデモカーをきっちりと区別できるほど器用ではありません。すべての愛車はデモカーになる可能性があるのです。現在所有しているGT-RはこのR35以外に、勉強のために手に入れたR35クラブトラックエディションとR33です。すべて同時に手を入れるわけにはいかないので、そのとき優先して乗っているクルマが必然的にデモカーになるのです」
デモカーと言っても特別なことはしない。自分好みに楽しく走れる仕様にしていく。何度も仕様変更ができるため納得できる味付けになる。それを見たユーザーから同じ仕様にしてくれとオーダーが入る。こうした流れがずっと続いており、作業を待ってもらっている人も少なくない。
「難題に遭遇したら、まずは落ち着いてひたすら考える。そして閃いたら即実行。迷いは時間の無駄で、駄目だったら手を引けばいいんです」
潔い行動に常連は惹かれる。愛車との付き合い方で性根が見えてくる。
●中久木 力代表GT-R PROFILE
■所有車両:R35
■年式:2008年式
■乗り始め時期:2012年2月
■取材時の総走行距離:2万5819km
■取材時の車両スペック
電子パーツ:ガレージ力ECM/TCM
足まわり:MY11ダンパーベース車高調+専用樽型スプリング
ブレーキ:400φ試作ペータルディスク(前後とも)
エクステリア:VOLTEXフロントバンパー/フロントフェンダー/
サイドアンダーパネル/リヤフェンダートリム/試作リヤウイング
インテリア:BRIDEジーク3 タイプR
ホイール:RAYS VOLK RACING GT090
(F:10J×20+35/R:11J×20+15)
タイヤ:MICHELINパイロットスポーツ4S
(F:255/40ZR20/R:285/35ZR20)
パワー&トルク:約500ps 約65kg-m
(この記事は2022年8月1日発売のGT-R Magazine 166号に掲載した記事を元に再編集しています。デモカーの仕様などは取材当時のものです)