4月30日 不調を感じながらバニングに投宿
様子がおかしくなったのは、出発して1時間ほど経ったときだった。登り坂で踏みごたえがあやしくなり、水温が高くなってきた。2004年の「放浪記第1章」では、オーバーヒートでガスケットを吹っ飛ばしてクルマを壊してしまった。あの嫌な思い出が脳裏をかすめる。エアコンを切り、速度を50マイル(約80km/h)に落とす。ビュンビュンと追い越されるが、そんなことを気にしている場合ではない。
妻は翌日に予定しているパームスプリングスの市内観光について呑気に話しているが、こちらは次第に余裕がなくなってきた。腹が減ったのを口実に、目的地より手前のモーテルに泊まることを提案する。翌日から2日間はフルフックアップ(キャンピングカー用の電気や水が完備)のキャンプ場を予約したが、クルマをピックアップした当日はどうなるか分からなかったので、この日の宿は未定だったのだ。
パームスプリングスから20マイル(約30km)ほど手前のバニングという町でフリーウェイを降りる。目についたデイズイン(モーテルのチェーン)に乗り入れると、なんと190ドルだという。このときの為替レートで約2万5000円である。土曜の夜というのを考慮しても、近年のモーテル代の高騰は異常だ。かつては、40~50ドルで泊まれたのに……と、恨み節を唸っていても仕方ない。慌てて、「Booking.com」でリサーチし、なんとか2万円のトラベロッジ(これもモーテルのチェーン)に投宿した。
5月1日 エアリアル・トラムウェイにどうにか辿り着く
翌朝、「ドル」の始業点検をすると、ラジエターのリザーバータンクには問題ないが、オイルが下限ギリギリになっている。MAKOTOさんに報告すると、粘度5W30のオイルを足しておくようにとの指示。最寄りのガスステーションでエンジンオイルを購入、すぐさま補充した。昨日のことが幻だったことを祈りつつ、パームスプリングスへと向かう。
まず目指したのはエアリアル・トラムウェイだ。約2600mの高山地帯まで一直線に登るロープウェイで、終点からはチノバレーの雄大な景色を見下ろすことができる。パームスプリングス観光では、一番の人気アトラクションだ。
ところが、である。トラムの乗り場までも、ほぼ垂直に思えたほどの急な登り坂だったのだ。時速30マイル(約32km/h)が20マイルになり15マイルになり、ついにヨタヨタ状態に。水温はグイグイ上がる。後ろにはクルマが連なっている。
途中で道を譲ろうにも、そんな場所はない。妻は相変わらず呑気な話をしているが、どうしようもなくなり絶望的な気持ちでアクセルを踏む。そして、水温計の針がレッドゾーンに触れそうになったとき、ついに料金所のゲートが見えてきた。助かった! ぎりぎりセーフ!
息も絶え絶えにキャンパーを止めると、「どうしたんだい」と料金所からレンジャーが出てきた。「オーバーヒートなんです」ぼくは水温計を指さした。「一般のクルマでもオーバーヒートするからね。一番下の駐車場に止めるといいよ」と、すぐ先に見えるパーキングを示してくれた。まだ、朝の時間帯なので、半マイル(約800m)先のロープウェイ乗り場に一番近い駐車場だけがオープンしているのだった。
「ぼくも同じ1991年のドルフィンを持ってるよ。ぼくのは絶好調だけどね」レンジャーが、悪戯っぽくウインクした。
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