オークション業界はただいま沸騰中
2022年8月の「モントレー・カーウィーク」におけるオークション群が終了すると、以前ならばクラシックカー/コレクターズカーを対象とする国際オークションハウスも、しばしの休止に入るのが慣例となっていた。ところが業界が沸騰している近年では、かつては休息期間であった9月にも大・小規模のオークションや、得意客のみを対象としたプライベートセールなどが積極的に展開されているようだ。
2022年9月、RMサザビーズ欧州本社がスイスで開催した「St. Moritz」オークションもそのひとつ。初回となった昨年と同様、サン・モリッツの5つ星ホテル「ケンピンスキー・グランドホテル・デ・バン」で行われた。
どちらかと言えばお祭り的な「Monterey」と比べ、プライベートセールの要素が強い「St. Moritz」では、比較的マニアックな出展車両選びがなされていたかに映るが、今回はその中からアストンマーティン「DB7ザガート」をピックアップしよう。
もっともエクスクルーシヴなアストンマーティンDB7とは?
アストンマーティンDB7ザガートのベースとなったDB7は、1950年代から1960年代にかけてアストンを象徴した6気筒モデルの精神的な後継モデルとして、1993年のジュネーヴ・ショーにてワールドプレミア。この段階でも創業から約90年を迎えていた老舗ブランドの新時代の幕開けを、まさしく大胆に告げたモデルである。
このニューカマーは、1970年以来アストンマーティンの血脈を保ってきたV8モデルよりも、明らかに若い観客を対象としていた。
1999年には、エクステリアにフェイスリフトが施されるとともに、それまで搭載されてきたジャガー製スーパーチャージャー付きの335psの3.2L直列6気筒DOHC24バルブエンジンに代えて、5935cc・420psのV12エンジンを詰め込んだDB7ヴァンテージに進化した。
アストンマーティン旧来の基準から見れば、DB7はかなりの量産モデルであり、約7000台がブロックスハムの最終組み立て工場からラインオフしたと言われる。つまり、DB7/DB7ヴァンテージは、アストンとしては比較的ポピュラーな存在であるのは間違いない。
しかし、唯一ミラノの名門カロッツェリア、ザガートによってボディを架装されたDB7ザガートのみは、その輝かしい先駆者であるDB4GTザガートおよびV8ザガートと同様に、特別にエクスクルーシヴなモデルとなったのだ。
この時代にアストンマーティン社CEOの地位にあったウルリッヒ・ベッツ氏と、イタリアの名門の当主であるアンドレア・ザガート氏の発案によるDB7ザガートは、2001年の「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」における偶発的な会話の結果として開発され、そののち翌春のジュネーヴ・ショーにて発表された。
アストンマーティンとザガート、両社の豊かな伝統から導き出されたというアグレッシブなスタイリングは、ザガート社チーフスタイリストの原田則彦氏によるもの。1950年代以来、ザガートのアイコンだった「ダブルバブル」のルーフや、サイドウインドウとリヤウインドウが角度によってはZ字型に交差して見えるファストバックのテールスタイルなど、現在のザガート製スペシャルモデルたちにも継承された原田氏特有のスタイルを、初めて提示した記念碑的モデルとも言えるだろう。
エンジンはヴァンテージ用6L V12にさらなるチューンを加え、435psとしたもの。また、ファイナルギアレシオを4.09:1に低めたLSDが取り付けられことも相まって、DB7ザガートはもとより崇高なDB7ヴァンテージよりもスポーツドライブ重視のセットアップとされていた。
世界限定99台は、もはや超レアではない?
DB7ザガートが登場した21世紀初頭の時点で、アストンマーティン&ザガートによる至高のWネームは15年以上にわたって途絶えていたことも加味して、デビュー直後には目の肥えた愛好家からかなり多くの注文を受けたといわれているが、メーカー側の意向によって生産は全世界で99台に限定され、そのうち今回の「St. Moritz」オークション出品車両、シャシーナンバー#700046は生産バージョンの46番目にあたる。
この個体は、2003年12月2日にスイスで登録・納車された。新車で購入したのは1979年のル・マン24時間レースにて総合4位に入賞した経験もあるスイス人レーシングドライバー、マルコ・ヴァノーリ氏。以来、約19年にわたってスイスに生息している。
グレーにクラシックなキルト仕上げのブラックレザートリムをあしらった、この壮大なアストンマーティンのオドメーターに刻まれた走行距離は、今回のオークション出品にあたって製作されたカタログの製作段階でわずか16126km。年間平均すれば900km未満であるにもかかわらず、これまで入念なメンテナンスを受けてきた。
記録簿にはロンドンの供給ディーラー「ストラトストーン」およびヨーロッパの有名なスペシャリスト「エミール・フレイ&ルース・エンジニアリング」によって受けたサービスが克明に記録されている。
もちろん取扱説明書や純正ツールも添付されており、この個体は国際マーケットに売りに出される機会も少ないアストンマーティンDB7ザガートの中でも、かなり優れた一台である、との認識がWEBカタログ内でも語られている。
にもかかわらず、RMサザビーズ欧州本社では25万~32万スイスフラン(邦貨換算約3690万~約4720万円)という、少々控えめにも感じられるエスティメート(推定落札価格)を設定していた。しかも、これだけリーズナブルな価格設定でありながらも残念ながら落札に至らなかったのは、今や99台という総生産台数が、この種のクルマとしては「超レア」とまでは言えなくなっていることを示しているのかもしれない。