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最高速度333.642キロをマークする「4ドア」スカイラインGT-R! 慎重派チューナーがエアフロレスにこだわる理由とは

最高速333.642km/hをマークしたATTKD AUTECHのR32スカイライン

チューナーの心に残る厳選のGT-Rを語る【ATTKD AUTECH顧問 塚田晴良】

 数え切れないGT-Rを手掛けてきたチューナーが今でも心に残る1台を語る。長野の『ATTKD AUTECH』と言えば、老舗ショップとして名高い。今では顧問を務める塚田晴良氏が思い出深いR32スカイライン──絶対的なパワーよりも低・中速域でのレスポンス。実践的な速さの差はシフトアップ時に現れる。そこでもたつかなければ、パワーで負けていたとしても走りには勝てる。そんな思いを込め仕立てた「快適で速い」1台を語る。

(初出:GT-R Magazine 142号)

L型用のターボキットで過給機に惹きつけられる

 日産ディーラーのメカニックだった塚田晴良氏は昭和46(1971)年に独立して、『塚田自動車』を立ち上げた。ごく普通の整備工場だったが、いつも夜遅くまで工場の明かりは点いていた。一般の仕事を終えて自分のクルマをチューニングしていたからだ。サニーのA型エンジンや27レビンの2T-Gを、キャブのメインジェットを換えたり、排気量を上げたりして、自分で思い描いた効果と、実際の実力との違いを確認しながら手を入れていく。まだまだ試行錯誤の連続だった。

 HKSのL型エンジン用ターボキットとの遭遇が塚田氏を本気にさせた。時は1975年。それまで行っていたNAチューニングとは比べ物にならないほどの、圧倒的な加速力にど肝を抜かれた。当時はキットとはいえ内容はかなりアバウトで、大まかな素材の提供だけというものだ。それも塚田氏にとってはプラスに働いた。自分でしっかりとターボの仕組みを理解していないと取り付けられないので、必死に勉強したからだ。パイピングを上手く装着できるように加工したり、そのレイアウトもなるべく抵抗が出ないようにR形状を工夫したりと、格好の教材だった。

 燃料や点火の調整がNAよりもはるかにシビアなことも実践で学んだ。エンジンを壊しては原因を突き止めて改善する。どうにか壊れなくなると、今度はどうやったらもっと良くなるかを追求。とにかく日々勉強だ。独学だから時間は掛かるが、その分、身に付けたら忘れない貴重な財産になっていった。

 塚田氏はチューニングに負けないほど走ることも好きなので、セットアップに迷ったら自ら走り込んで、どうすべきかを導き出した。それが今も続く実走セッティングに繋がっているのだ。

 ターボの魅力に惹かれ、夢中になっていく塚田氏は、仕事面でも自然とチューニングのウエイトが高まっていく。楽天的とは真逆のマイナス思考の人間であり、クルマを作っても心配し過ぎて、走らせる前から作り直したことがあるほどの慎重派だと言う。そんな性格もチューナーには合っているように思う。ネジが余っていても気にしないような、楽天的な人間よりはよっぽど頼りになる。

エアフロレスにこだわり全域の力強さを追求する

 1989年には『オーテックツカダ』に社名を変更し、よりチューニングに力を注ぎ込んでいく。その年の8月に念願のBNR32を手に入れた。タービンやインタークーラー、そしてエンジン本体と純正ですでにハイレベルなので、チューナーとしては勉強のためにも放っておけない存在だ。

 納車後すぐにタービン交換を行った。TA45を使ったビッグシングル仕様だ。クルマの限界を見極めるためにまずはパワーを引き出したのだ。ピークパワーは約600ps。エンジン内部にもいろいろと手を入れ、どんな特性になるのか見極めてノウハウを増やしていった。

 基本的には、試行錯誤して培ってきたNAエンジンの仕立て方を最大限に取り入れてターボと向き合っていく。バルタイもNAチューニングに近い。ブーストが立ち上がる前はNAチューンのメリットを生かし、全域でのフィーリングアップを狙う。だからこそブーストは無闇に上げず控え目な設定だ。上だけを狙ったハイブーストにしないで、どの回転域からでも瞬時に力の出るオールマイティな味付けを心掛ける。とにかく徹底的にレスポンスを重視した。

 そのために塚田氏がこだわるのがLジェトロからDジェトロへ変換するエアフロレス化だ。RB26DETTの二つのエアフロを取り去り、空気量は吸気の圧力から判断する。今でこそHKSが開発したFコンVプロの効果で変換はそれほど珍しくはないが、塚田氏がやり始めたころはVプロのデビュー前で、HKSの変換キットであるVPCを使って行っていた。当然Vプロに比べれば簡易的な内容で、セッティングを出すのにも手間が掛かった。

 それでもレスポンスアップのためにVPCを積極的に取り入れた。できるだけ空気の流れを妨げないように開発されたホットワイヤーでも、塚田氏にとっては抵抗の塊だ。止まっていた空気が流れ始める、その瞬間はホットワイヤーのネットが想像以上に流れを阻害する。流れ出せばそれほどでもないが、最初の吸い出しに大きな影響を及ぼすのだ。

 Vプロの登場でエアフロレスが繊細にコントロールできるようになったとはいえ、セッティングは簡単にはいかず、最終的には実走になる。アクセルの全開状態は楽だが、パーシャル域が難しい。そこをいかにレスポンスの良い味付けにするかが塚田氏の腕の見せどころだ。

 エアフロレスの唯一のデメリットはセッティングに時間が掛かることだと言う。同じパーツを使ったとしてもセッティングはクルマによって異なる。ひたすら走り込んで、極上の特性を探し求めるしかないのだ。

好みや理想を具現化できた快適で速い4ドアRの存在

 振り返れば数え切れないほどの魅力的なGT-Rを仕上げてきた塚田氏の心に残る1台とは? 自分自身の好みを追求した、まさにRの理想像を具現化した究極の作品だ。

 それがR32をベースに普段使いも難なくこなせて、エンジンにも乗り手にもストレスなく高速巡航が行えることを狙ったクルマだ。そのためにボディ形状は大胆にも4ドアセダンとする。さらに排気量は3Lオーバー。とにかく独創的だ。

 作り始めたのは1993年。4ドアのGTS-4を使ってGT-Rのフォルムを再現していった。特にリヤフェンダーの膨らみには苦労したと言う。ボディだけでも製作には1年が掛かった。クーペとセダンの違いを感じさせないように仕立てた、違和感のないボディラインが努力の結晶だ。

 とにかくトルクを稼ぎたかったので、エンジンはオーストラリアで使われていたRB30のエンジンブロックを流用する。ボア87φ、ストローク90mmの3.2L仕様として、RB26のヘッドをドッキングさせた。鍛造ピストンにチタンコンロッド、フルカウンターのクランクはアメリカのブライアン・クロワー社にオーダーしたワンオフ品だ。

 シリンダーブロックにはアダプターを使って4WD用のオイルパンが付くようにしている。そのため通常のRB26よりも約3cm高い。ボンネットのバルジはタペットカバーとの干渉を防ぐために設けられた3.2L仕様の証なのだ。

 増えた排気量はトルクをみなぎらせ、ファイナルをノーマルの4.1から、ハイギヤードの3.5に変更しても存分に力を発揮した。ハイギヤード化は回転を上げなくても速度が出る。塚田氏が排気量を上げた一番の理由がここにある。例えば260km/hを出す場合、ファイナルが1.4だと7,000rpm回さなければならないところを、3.5ならば6,000rpmで済む。この1,000rpmの違いは大きい。

 わずかに思える回転差だが、エンジン回転数が高いと振動やフリクションロス、それに油温の上昇とあらゆる負担がエンジンにのしかかる。ドライバーにとっても騒音などのストレスを受ける。回転数を抑えればエンジンの耐久性も上がるし身体にも優しい。つまり「快適で速い」が実現できる。

 カムはIN/EX共に280度でリフトは11.3mm。低速から中速域で、いかに空気を燃焼室に多く取り入れるかを追求したプロフィールだ。塚田氏にとってハイカムは下からレスポンスをよくするために欠かせないパーツ。バルタイもIN側は早く開けてハイカムのメリットを最大限に引き出す。当然、閉じるのも早くなるので、そこはHKSのVカムを使って適正に調整する。

 メインインジェクターを800ccに換えて、燃料ポンプはボッシュの強化品を2連装。できるだけ燃圧を上げて、少しでも多くの燃料が噴射できるようにしている。

 タービンはGT2540のツイン仕様でブースト1.4kg/cm2。加速体制をとっている2,000~4,000rpmの間ではNOSを使って、ほんのわずかな力の滞りにも対応している。とにかく全域でトルクフルだからどんなシチュエーションでも俊足だ。

柔軟な発想と実走でのセッティングが肝心

 雑誌主催の最高速テストでは、タービンをTA45シングルに換えてトップスピードを狙った。NOSは使わずにブースト1.6kg/cm2設定で、あっさり333.642km/hをマーク。1996年10月のことだ。

 理想のGT-Rを生み出した塚田氏は、そのテイストを使ってサーキットのタイムアタック用の車両も製作した。排気量は2.8Lに留めたものの、GT2540タービンをはじめとしたカムなどのパーツ類はほぼ一緒。空力を重視したため、フロントまわりのダクトなどの開口部は極力減らしていった。そのためラジエータはトランクに移設。この柔軟な発想を取り入れたBNR32も、とても塚田氏らしい仕立て方だ。

 2017年に顧問となり仕事量をセーブしているものの、その内容やチューニングの考え方は一切変わらない。「レスポンス重視のエアフロレスで、ピークワパワーが多少犠牲になろうとも、中間域で素早くトルクが沸き起こるようにしていきます。シフトアップしたときのタイムラグは、できるだけなくしたいですからね」

 最終的には塚田氏が行う実走セッティングにすべてが委ねられる。走行中に一人でもデータが変更できるように、針金で工夫したパソコンは必需品だ。

 どこか1箇所をよくすると周辺が変化するので、そこも見過ごさずに整える。その連続だ。オーナーには感じないかもしれないが、この手間を惜しまないことが塚田氏の矜持だ。それは心に残る1台だろうが、ユーザーカーだろうが、決して揺らぐことはない。

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