ダブルバブルルーフがザガートの証
2022年9月、RMサザビーズ欧州本社が、スイスの景勝地サン・モリッツの5つ星ホテル「ケンピンスキー・グランドホテル・デ・バン」を会場として開いた「St. Moritz」オークションでは、イタリアの老舗カロッツェリア、ザガートが、21世紀を迎えてから製作した個性的な作品たちが相次いで出品された。
今回はそのなかから、なぜかベース車両が明かされない一台。「ザガートGTニッビオ」のあらましと、そのオークション結果についてお話しさせていただくことにしよう。
世界限定9台のみのザガート製スペシャルカー
ザガートによる特注のカーボンファイバーボディワークをまとったこの見事なGTZニッビオは、イタリアの名門カロッツェリア、ザガートによってリスタイリングされたわずか9台のうちの1台である。
現オーナーは2015年にベース車両を購入したのち、GTZ仕様での製作を依頼した。再架装の作業は2016年末に完了したという。最終的な請求額は75万ユーロを下らなかったそうで、この特別なマシンの製作に携わった職人技の丹念なレベルを反映している。
特注のリキッドブラックカラーは、オーダー主の意見を取り入れながら、ザガートが6カ月かけて開発したほど、細部にまでこだわっている。
もともと「シャシーNo.00164839」は、2008年11月に、ピニンファリーナによる標準的なボディワークで製作されたもの。6.0L V型12気筒エンジンを搭載し、最高出力620ps、時速100kmまで3.7秒で到達、そして最高速度は330km/hという驚異的な速さを誇った。また、最新鋭のセラミックブレーキによる減速も目を見張るものがあり、巧みなエアロダイナミクス、セミアクティブダンパー、高性能トラクションコントロールなど、最高のロードマナーを備えている。
ザガートが手がけたこの特注GTZは、オリジナルマシンの構造的な要素はそのままに、コーチビルドの先達に敬意を表した巧みなディテールに溢れている。ザガートの特徴である「ダブルバブル」ルーフは、ニッビオがその伝統を誇りに思いながらも、現代でも十分に使用可能な高性能グラントゥリズモであるための重要なフィーチャーといえよう。
シートやフットウェルをキルトパターンで仕上げた、魅力的なタン本革レザーのインテリアではカーボンファイバー製トリムや当時最新のスイッチギアを多用し、このクルマの古さを感じさせないものとなっている。
オークションカタログ作成時、オドメーターは3万2081kmを記録していた。コーチビルドのサラブレッドの黄金時代を彷彿とさせるこの素晴らしいGTZは、改造後にはほとんど走行されていないため、本格的なコレクションに加えるには最適な一台と言えるだろう。
ベースモデルはフェラーリ599
じつを言うと、前ページはRMサザビーズ欧州本社から発信されたプレスリリース兼用の公式オークションカタログを、ほぼそのまま翻訳して転載させていただいたものである。
勘の鋭い方ならお気づきかもしれない。今回「St. Moritz」オークションに際して制作されたドキュメント類では、ベース車両がどのモデルであるかについて、あえて触れていない。しかしこの種のスペシャルカーに造詣の深い方ならば、きっと正体をご存知であろう。ここでは匿名とされたベース車両は、フェラーリ「599GTBフィオラーノ」である。
2006年、フェラーリが「575Mマラネッロ」に代わるV12ベルリネッタとして599GTBフィオラーノをリリースすると、気を見るに敏なザガートは、599をベースとした少量生産モデルの企画を打ち出した。そして、2007年には第一号車が完成したといわれているのだが、そのお披露目の際にザガートが命名していた車名は「フェラーリ599 GTZニッビオ」だったと記憶している。
また、昨2021年2月にRMサザビーズ欧州本社が開催した「PARIS」オークションでは、同じニッビオのスパイダー版が「2009 Ferrari 599 GTZ Nibbio Spyder by Zagato」の車名で出品されていた。おそらくは、つい最近になってフェラーリとRMサザビーズ社の間でなんらか取り決めがなされたのだろうか、少なくとも今回の出品については「フェラーリ」ないしは「599」の名が車名から外されているようなのだ。
ともあれ、現在も継続されるザガートの慣例により、2007年から「ニッビオ」は9台が製作されたほか、オープン版の「ニッビオ・スパイダー」も最大9台(ただし実際は6台で完結か?)が製作されることになっていたが、今回のオークション出品車両は前者のベルリネッタである。
その印象的なデザインはスタンダードの599GTB、あるいは575Mマラネッロをベースにザガートが架装した575GTZとはまったく異なるもの。ダイナミックな意匠のノーズは、彫刻のようなサイドのキャラクターラインや、小股の切れ上がったシャープなテールと巧みなマリアージュを披露する一方、ザガート伝統の職人技も見事に体現している。
そしてスパイダーにはない、ベルリネッタ版ニッビオのみの特典が、ザガートのアイコンである「ダブルバブル」ルーフである。
MTだったらさらに高値が期待できた
オークションカタログに謳われているように、2016年にザガート化が施工されたのちにはほとんど走行距離を重ねることもなく、事実上の新車状態でコレクションされていたこのニッビオ・ザガート。競売でも順調にビッド(入札)が進んだようで、81万5000スイスフラン、日本円に換算すれば約1億2090万円という価格で落札された。
ニッビオ・ベルリネッタについては、2018年にドバイのディーラーが149万5000ドルで販売した実績もあるようだが、こちらは9台が製作されたなかでたった1台の6速マニュアル車。その点を考慮すれば、今回の落札価格も充分に高価なものと思われる。
いずれにしても、今回の「St. Moritz」オークションに出品された3台の現代ザガート車のなかでも飛びぬけて高いこの落札価格は、たとえ公式に名乗ることでできなくとも、フェラーリであるという事実がマーケットで大きな影響を及ぼすことの証明なのであろう。