奈良トヨタが高市早苗大臣のスープラを復活させた手法とは
2022年10月29日に「奈良トヨタ」田原本本社で開催された「高市早苗」経済安全保障相(以下高市早苗さん、もしくは高市さん)の元愛車、スープラ(JZA70)のレストア完成セレモニーのレポートをお届けした。新車のように蘇ったスープラの姿に高市さんが歓喜し、自らステアリングを握り、予定外のドライブを行なったのはお伝えしたとおりだ。
ただ、クルマ好きにとって気になるのは奈良トヨタがどのような手法で、どの程度までレストアを施したか、ではないだろうか? 今回レストアを担当した奈良トヨタの「越田 実」「松本裕正」メカニックのおふたりに、作業を振り返ってもらった。
車両は1991年式の最上級グレード「2.5GTツインターボリミテッド」
レストアの舞台裏を語っていただく前に、「さなえスープラ」がどのような個体なのかを紹介しよう。1991年式でグレードは2.5GTツインターボリミテッド(4速AT)。ボディカラーはスーパーホワイトパールマイカ、サイドモールはボディ同色ではなくグレー系となっている。
インテリアは珍しいマルーンで、オプションの本革+エクセーヌ、サンルーフを装着するなど、最上級グレードにオプションをほぼすべて組み合わせたてんこ盛り仕様だ。総額は概算で400万円を軽く超えている。
初の新車で22年間愛用。その後、登録は抹消したものの「どうしても捨てられない」と地元・奈良の整備工場に保管するなど、高市さんにとってスープラはまさに相棒という存在であった。約10年手つかずのままであったが、2021年の衆議院選挙期間、地元・奈良の選挙事務所に飾られたことをきっかけに、旧車のレストアに熱心な「奈良トヨタ」で復活させるべく作業することが決まったのがいきさつだ。ちなみに奈良トヨタでは、これまでに8台のクルマを甦生。レストアされたクルマは同社所有の「まほろばミュージアム(奈良市)」で見られる。
キレイに見えても車歴30年・不動車歴10年の劣化が目立つ状態
2022年2月のレストアプロジェクトのキックオフイベントには、担当するメカニック10人が紹介された。だが、いずれも会社から指名、強制されたわけでなく、自発的に作業に参加している。
「技術の伝承というのが名目です。修理書を見て、分解、整備、組み立てするアナログな手法は、診断機とパソコンを使う普段の業務とはかけ離れていますが、各店舗から老若男女が集まり、同じゴールに向かって進む。それによって新たなコミュニケーションが生まれ、結束力が強くなっているように感じます」とは、プロジェクトリーダーの越田さん。作業は毎週水曜日、朝から晩まで復元作業に没頭できる環境を整えている。エンジニアの教育だけでなく、メカニックのモチベーションアップに繋がっているそうだ。
さなえスープラが作業場に持ち込まれたのは2022年2月。メカニックから見てコンディションはどうだったのだろうか?
「選挙事務所に飾るために磨いたので、外装はキレイな状態でしたが、新車から30年が経過し、内装の色褪せ、メッキ類の剥がれ、ゴム類の経年劣化は見られました。また、燃料タンクは降ろされ、トランクルームには部品が袋に入れて積まれていましたから、レストアを途中で断念したのでしょう。燃料タンク内は広範囲で錆びており、ガソリンも腐ってカチカチ。10年間不動だった痕跡があちこちに見られましたが、フルノーマルで欠損部品がなかったことはプラスポイントでした。旧車のパーツ探しは大変ですから」と越田さん。
まずはホワイトボディにして使える部品と使えない部品を選別
とくにひどかったのはダッシュボードとトランクルーム。前者はメーター前に大きく2本のクラックが前後方向に入り、後者は雨漏りがあったようで、スペアタイヤ下のフロアパネルが腐食。ネジでタイヤを固定する土台は再使用できない状態だった。レストア業界では「大したことはない」レベルだが、そうした作業をするのが本業ではないディーラーにとっては「やっかい」なレベルといえるだろう。
もうひとつ作業のハードルを上げているのは、奈良トヨタのレストアの方針。復元に使うのは純正パーツおよびGRヘリテージパーツのみ、無いものは部品をバラシて徹底的に錆を落として再生。もしくは中古品などを活用してフルノーマルの状態に戻すのが基本なのだ。
エンジン/足まわり/ブレーキ/ステアリング/シートなどは社外品が使えれば作業は楽になるのだが、ディーラーらしい線引きがされている。
「作業はまずすべての部品を外して、ホワイトボディの状態にします。ボディは塗装/鈑金部門に手渡し、エンジニアは徹底的にパーツを分解。使える部品と使えない部品を選別します。また、交換できる部品は可能な限り新品にしますので、端末で在庫を検索。これは、数年前に同型式のスープラをレストアしたときの経験が役立ちました」と松本さん。
難易度が高いダッシュボードの修復は何度もテストを繰り返して手法を検討
それでも生産終了から約30年、すでにメーカーにストックがない部品も多い。各パッキンやブレーキのオーバーホールキットなど、車検に通すための必要な最低限の部品は出るものの、エンジンルーム内のゴムホース類やラジエーター、ショックアブソーバーにフロントブレーキローターなど欠品も目立つ。
とくに懸念していたのがエンジン内部のムービングパーツで、まだ新しいと思っていた1JZ型エンジンでさえ、すでにほとんどが製造廃止。今回はシリンダーヘッド、シリンダーブロックともに各部に問題はなかったため洗浄し、リペイントを施した上で組み上げている。
「内装はダッシュボードを除けば色褪せ程度で状態がよかったため、各部を洗浄した後、素材に合わせた専用の塗料で仕上げました。懸案のダッシュボードはどのように仕上げれば理想に近づくか、何度も話し合い、別車両のダッシュボードを使ってテストを重ね、“これでいこう”と決まるまで、2カ月ほどかかりました。最終的にはパテで成形し、塗料を吹いた上に転写してできたシボを軽く叩いて仕上げています。吹いてからどのくらい間をあけてシボをつけるか、押さえるかを何度も試しました」と越田さん。
レストアは問題に直面した際にどう解決に導くかという考える力を養う研修
中古のダッシュボードを使うという案もあったというが、最終的には「自分たちの手でどこまで修復できるかにチャレンジしてこそ、技術伝承だろう」と気持ちを鼓舞させて、リペアで成し遂げたそうだ。
穴の開いていたスペアタイヤ下のフロアは鈑金で修復し、再生の難しかった中央の土台は、高さや形状の近しい車種を探して流用。高さを調整して取り付けている。マニアなら「それは違う」となるところだが、担当メカニック間で話し合い、総合的に判断。ほかの部分も部品がないなら、どうやって純正に近づけるかを創意工夫。問題に直面したときにどのように解決に導くのか。そうした考えを養うこともレストアプロジェクトを行う理由でもある。
「レストアメンバー以外にもプロジェクトに共感し、自発的に手伝わせてほしいという声も上がりました。今回も傷みがひどかったコンソールボックス蓋の表皮やサイドブレーキのブーツなどは、メンバー外の女性が実物をベースに型紙を作り、新たに製作。個人的には“メンバークレジットに名前を入れてもいいんじゃないか”と思うくらい良い仕事をしてくれました。このように社内でレストアへの関心が高まり、こうした輪が広がっていくのはいい傾向だと思いますね」と松本さん。
“最新のレストアが最良のレストア”その仕上がりをぜひ「まほろばミュージアム」で
一度同型式のスープラのレストアを経験済みなので、順調に進みましたか? と問うと、
「全体的に進捗は早まったのですが、いいクルマに仕上げようとさらなるクオリティアップを追求し始めたので、最後まで気が抜けませんでした。また、ご存知のとおりレストアは本来期日があるようでない作業なのですが、われわれには8カ月という期日が決められていました。そんななかで初めて参加するメカニックたちに、“このレベルまで頑張ってください”と説明したのですから、彼らは相当大変だったと思います。よく最後まで頑張ってくれました。完成した高市先生のスープラは過去最高の出来栄えだと胸を張れます」と越田さん。
現在はメカニックの育成、そして裏方であるメカニックの晴れ舞台の場にとどまっているが、今回のさなえスープラを見れば、本格的なレストア業者に負けず劣らないレベルに近づいているのが分かる。また、会社としてレストアを開始したときは道具も少なかったが、今では道具も整い、レストアをする環境は整いつつある。そして、何よりオーナー(高市早苗大臣)の喜ぶ顔を見るのはメカニック冥利につきるのではないだろうか。
レストアの事業化については未定だそうだが、近い将来に期待したい。そう思わせるほど素晴らしい仕事っぷりだった。ぜひ「まほろばミュージアム」に足を運んでいただき、新車同様に蘇ったさなえスープラをその目で確かめてほしい。