スタンダードとホモロゲートスペシャル、どっちが人気?
われわれ自動車エンスージアストにとって「ホモロゲートモデル」という言葉は、とても魅惑的なもの。モータースポーツへのエントリー条件を満たすため、多くの場合ごく少数製作されるホモロゲートモデルは、もちろん現代のクラシックカー/コレクターズカーの国際市場においても、絶大な評価を得るようだ。
2022年11月上旬、クラシックカー/コレクターズカーのオークショネア最大手であるRMサザビーズ社が開催した「LONDON」オークションでは、さる著名なコレクターから2台のジャガー「XJ220」、スタンダードの市販モデルと、ル・マンGTクラス用ホモロゲートモデルが同時に出品されることになった。
ハイパーカーの先駆け、ジャガーXJ220ベースのホモロゲートモデルとは?
ジャガーXJ220が1988年の英国国際モーターショーでアンヴェールされた時、世界中のエンスージアストは騒然となった。
グループCレースカーゆずりの6.2L V12エンジンで4輪を駆動する。そんなスペックを聞きつけたエルトン・ジョンやロッド・スチュワートなどのクルマ好きセレブリティまでが、購入権を確保するために5万ポンドの手付金を払ったという。そして予約解禁後わずか1時間足らずで、約1500人がXJ220の予約注文を行ったといわれている。
ところが「TWR(トム・ウォーキンショウ・レーシング)」とジャガー本社の合弁による「ジャガー・スポーツ」社に移管され、生産化プロジェクトが本格始動したころには、世界的な好景気は後退。しかもXJ220は、生産に入るまでにシリンダーの半分、排気量のほぼ半分、およびフロントの駆動輪が失われていた。それらの要因が相まって、生産型XJ220の生産台数は、当初予定していた350台を大きく下回る、281台に終わってしまう。
それでも、同じくグループCカー譲りの3.5L V6ツインターボで武装された生産型XJ220は、213mph(約342km/h)の最高速度を記録。マクラーレン「F1」によってその座を奪われるまで、世界最速市販車の地位を謳歌した。
この高性能を誰よりも熟知していたTWRが、XJ220を擁したル・マン参戦へと目を向けたのは当然の成り行きだったにちがいない。1993年5月に、IMSAル・マン・シリーズ仕様に仕立てたGTクラス用マシン、XJ220Cが発表される。
そして同年6月にはル・マン24時間レースに3台体制でエントリー。うち2台はリタイアしながらも、デビッド・ブラバム/デビッド・クルサード/ジョン・ニールソン組がドライブする残りの1台は、総合15位/GTクラス優勝を果たしたかに見えた。ところが、1カ月後にレギュレーション違反が発覚したとの理由で失格となってしまった。
しかしTWRは、3台の耐久レース用マシンに加えて、GTホモロゲーションに準拠した5台のロードゴーイング版を製作。XJ220Sと名づけ、1993年の「オートスポーツレーシングカーショー」で世界初公開した。
今回「LONDON」オークションに出品されたシャシーナンバー#220779は、その5台のうちのひとつ。XJ220Cと同じく、ドアスキンを除くアルミ製のボディワークが取り外され、カーボンファイバー複合材で形成されたパネルに置き換えられた。また、フロントバンパーは大型のエアスプリッターとされ、リヤには調整可能な大型ウイングも設けられている。
これらの大規模なモディファイにより、XJ220Sはダウンフォースを拡大しただけでなく、車両重量を1080kg弱に削減。3498ccのV6ツインターボエンジンも、標準のロードカーから138psもパワーアップを果たし、680psを生み出したといわれている。
右ハンドル仕様は69台のみ
いっぽう今回の「LONDON」オークションに出品された、もう1台のジャガーXJ220は、冒頭で述べたとおり281台が作られたスタンダード版の1台。「スパ・シルバー」のボディに「スモークグレー」の本革レザーインテリアという、XJ220としては最も人気の高い組み合わせで、1993年5月4日にジャガー・スポーツ社のブロクサム工房から送り出されたと伝えられている。
この個体は、右ハンドルで製作されたわずか69台のXJ220のひとつであり、完成から2カ月後に英国所在の初代オーナーに納入されて以来ずっと英国内で生息し、複数のエンスージアストのもとを渡り歩いてきた。しかし、どのオーナーも英国の名だたるジャガー・スペシャリスト、あるいはXJ220スペシャリストで、ともにメンテナンスを欠かさず、2022年6月に行われた点検サービスに至るまで、エンジンを含むコンポーネントの摩耗の兆候はすべて最小限を示しているという。
そしてもう1台、オレンジ色のXJ220Sは1993年4月21日に完成し、1998年2月にベルギーのコレクターに売却されるまで、TWRによって保持されていたと考えられている。1999年11月に米国へと輸出され、西海岸を拠点とする3名のオーナーのもとで保有。2015年の「ザ・クウェイル:モータースポーツギャザリング」にも出品されている。
今回RMサザビーズ「LONDON」オークションに出品されたXJ220とXJ220Sは、「グランツーリスモ・コレクション」の名のもと、フェラーリのスペチアーレ各モデルや1980年代のグループBラリーマシンなどを保有しているプライベートコレクターから出品されたもの。XJ220Sは2018年からグランツーリスモ・コレクションに加入。カタログ作成時の走行距離計は、わずか4822kmを記していたとのことである。
世界で5台のXJ220Sは、1億6700万円のプライス
今回のオークションにあたり、グランツーリスモ・コレクションとRMサザビーズ欧州本社は、スタンダード版XJ220に37万5000~42万5000ポンド、つまり邦貨換算約6300万~7140万円というエスティメート(推定落札価格)を設定したが、残念ながら出品者側の希望したリザーヴ(最低落札価格)には届かなかったようで、現時点では継続販売となっている。
しかしその傍ら、85万~110万ポンドでエスティメートを設定したXJ220Sは、RMサザビーズ側の思惑どおりにビッド(入札)が進み、終わってみれば93万3125ポンド、日本円に換算すれば約1億6700万円で落札されることになった。
やはりホモロゲートモデルの「神通力」は、たとえジャガーXJ220のようなハイパーカー級モデルがベースであっても、明確な価格差として現れるのかもしれない。