ピニンファリーナ謹製「テスタロッサ スパイダー」
1980年代フェラーリの傑作「テスタロッサ」は、総計7177台が生産されたといわれるヒット作ゆえに、現在のクラシックカー オークションにおいてもかなりの頻度で出品されているのはご存知であろう。
しかし2022年11月上旬、クラシックカー/コレクターズカー オークション業界最大手のRMサザビーズ社の主催による「LONDON」オークションに出品された真紅のテスタロッサは、この上なくスペシャルな1台だったようだ。
すべてがスペシャルなテスタロッサの中でも、とくにスペシャルなモデルとは?
フェラーリ テスタロッサは、近代フェラーリを代表する名作であるとともに、「ヤングタイマー」と呼ばれる1980−90年代のネオ クラシックカーの中でも、とくにアイコニックなモデルといえるだろう。
テスタロッサは1984年パリ サロンにおけるデビューの瞬間からセンセーションを巻き起こして以来、この華やかな時代のカルチャーを体現するものとして、映画やドラマ、あるいは当時大流行したミュージックビデオなど、さまざまなステージを飾ってきた。
また、生産過程において幾ばくかの進化は施されたものの、持ち前の未来的なオリジナルデザインは、最終型「F512M」として1996年をもって生産を終えるまで、さらには現在に至るまで、輝きを失うことはなかった。
いっぽう、180度V型12気筒4.9LのティーポF113Aエンジンと、今となっては懐かしいシフトゲートつき5速MTの組み合わせは、ダイレクトなドライビングプレジャーと爽快な12気筒サウンドを、現代の愛好家にもビシビシと体感させてくれる。
そんなフェラーリ テスタロッサは、正規モデルではクローズドの「ベルリネッタ(とくにスポーティなクーペ)」のみとされた。しかし、フェラーリおよびピニンファリーナのオフィシャルとして、1986年に1台だけスパイダー版が製作されている。
フィアットグループの会長を長らく務めるとともに、前世紀後半のヨーロッパにおけるセレブレティの代表格としても知られた偉人、そして、数多くの特注フェラーリをピニンファリーナとともに生み出してきた「アヴォカート(弁護士)」こと故ジャンニ・アニエッリが、自身のフィアット会長就任20周年を記念して、ピニンファリーナにテスタロッサをベースとするスパイダーを特注。フェラーリ公認でワンオフ製作されたのだ。
しかし、もとより世界の憧れとなっていたテスタロッサ。しかも、さらにスペシャルなオープンモデルは、当時のアーケード版レースゲーム『SEGAアウトラン』にも登場するなど、世界で1台だけのスパイダー版は大きな反響を巻き起こすことになった。
ただしピニンファリーナは公式には「一品製作」をうたいつつも、じつは複数のテスタロッサ スパイダーを秘密裏に製作していた。そのうちの1台が、今回「LONDON」オークションに出品された車両なのだ。
やっぱりピニンファリーナのセルフカバーは特別?
1980年代も終わりを告げるころ、イタリアのコーチビルダーであるピニンファリーナのもとに、カスタムプロジェクトを希望するアプローチがあった。それは、当時世界最高と目されていたスーパーカーを、さらに特別なものとすることだった。
ピニンファリーナはブルネイ王族のためのオーダーメイドで、ほぼ同一の仕様ながら最終的には1台1台が異なる「スパイダー」を7台製作し、それぞれが異なるエクステリアとインテリアの色の組み合わせで仕上げられたと考えられている。
また、これらのブルネイ向け車両に加えて、ピニンファリーナにとって重要なクライアントのために、ごく少数のテスタロッサ スパイダーが製造されたといわれている。
ピニンファリーナは、17桁のVINコードという世界的な自動車業界の慣習から離れて、ブルネイ王室のために新しく独自のシリアルナンバーを作成。この個体には「EFG092」という番号が付けられている。
驚くべきことに、このEFG092はナンバー登録されたことがなく、その生涯のほとんどを静態展示に費やしている。そのため、オークションカタログ作成時の走行距離計は、わずか413kmを表示していた。
2021年初頭、長らく住処であった展示スペースから引き出されたEFG092は、修復作業を受けるためにイタリアに移動。2つの有名ファクトリーに、相次いで入庫することになる。
まず同年3月にピニンファリーナに戻され、カンビアーノ本社工場の技術者たちが完全な再塗装を施したのち、コンバーチブルフードの開閉メカニズムの機能を戻した。またインテリアもピニンファリーナによってリフレッシュされている。ピニンファリーナによるこの修復には、合計9万4300ユーロが支払われたという。
そして2021年11月には、フェラーリの量産モデルに加え、テーラーメイド プロジェクトや「ICONA(イーコナ)」モデルのペイントワークやフィニッシュも委託される、マラネッロのスペシャリスト「カロッツェリア・ザナージ」に運ばれ、メカニカルパートのリビルドも行われた。
ザナージのエンジニアたちは、クラッチと燃料ポンプを新品に取り換えたほか、エンジンとサスペンションの分解、清掃、修復に取り組んだ。車両の履歴ファイルにある項目別インボイスでは、テスタロッサ スパイダーを「新品同様」の状態に戻した作業に対して合計8万3170ユーロが請求されたことを記している。
ピニンファリーナ謹製だと約10倍以上の値打ち
しかし、総計約18万ユーロに達するレストア費用も、この個体の価値を思えばリーズナブルな出費と判断したのだろう。RMサザビーズ欧州本社は、140万~180万ポンドのエスティメート(推定落札価格)を設定。そして2022年11月9日に行われた競売ではビッド(入札)が順調に進行し、146万7500ポンド、日本円に換算すれば約2億6500万円で無事落札されることになった。
ちなみに、2021年1月に北米スコッツデールで開催されたRMサザビーズ「ARIZONA」オークションでは、アメリカのオープン改造スペシャリスト「ストラマン」によってモディファイされたオープン テスタロッサが、16万8000ドル(当時の為替レートで約1900万円)で落札されている。
同じフェラーリ テスタロッサをベースとするスパイダーであっても、市井のスペシャリストが製作したものとピニンファリーナ自身が製作した、いわばセルフカバー作品では、マーケットの評価はまったく異なるものとなる。
クラシックカー/コレクターズカーの世界で「ヒストリー」がことさら重要視されることを、如実に示すオークション結果となったのである。