メカニズム的にもさまざまな最新技術が盛り込まれていた
今や国内では大型から中型・小型まで様々なトラックやバスを販売する商用車専業メーカーとなった感のあるいすゞ自動車ですが、その一方でディーゼル・エンジンのスペシャリストとして直4からV8まで、さまざまなディーゼル・エンジンをGMに供給。
また建機やフォークリフト用として小型ディーゼル・エンジンを国内外のメーカーに供給するなど、その活動は広範囲にわたっています。そんないすゞがかつてリリースしていたSUVがビークロスでした。まるでショーモデルのようなデザインが特徴的だったいすゞビークロスを振り返ります。
RVの走りと形を持った新世代のランニングギアを提案
いすゞは1916年(大正5年)に創業し、トヨタ自動車や日産自動車とともに自動車メーカー御三家と呼ばれていました。不振だった乗用車の自社生産を1993年に終了し、ワンボックスカーとSUVなどのRV車に特化したラインアップに変わっていきました。
ちなみに、ここでいうSUVは近年ブームとなっているクロスオーバーSUV。つまり乗用車のデザインをそのままに最低地上高や全高を高めに、そしてボディを少し大き目にしたクルマではなく、クロスカントリー4輪駆動車(クロカン4WD)のビッグホーンやミュー、ウィザードなどで、今なお根強い人気を持っています。
また現在でも、海外で生産され、海外市場にのみ供給されているD-MAXなども、クロカン4WDにカテゴライズされています。
話を戻しましょう。ワンボックスカーとSUVなどのRV車に特化したラインアップを用意していたいすゞが、1993年の東京モーターショーに参考出品したモデルがVehiCROSS(ビークロス)でした。その車両コンセプトは「RVの走りと形を持った新世代のランニングギア」で、“それまでのRVの世界をより広げることを可能にする”、“新しい使い方と価値観を提案する”、“行動的なグランドツアラー”、とされていました。
2.2Lクラスの出力を持つ1.6リッターエンジン
メカニズム的に見ていくと、搭載されていたエンジンは、1.6Lの直噴ツインカム+スーパーチャージャー付で、具体的な数値は発表されていませんでしたが、“1.6Lという小排気量にもかかわらず、2.2Lクラスの出力を達成”とされていました。
その一方でシャシーに関しても、軽さと強さを両立させたカーボンパネル+アルミメンバーのコンポジットをフレームに採用。ビッグホーンのノーマルで145kgだったものがビークロスでは90kgと35%の軽量化を達成しています。
ここに組み付けられるサスペンションは、超ロングストロークのツインショックアブソーバー付きのダブルウィッシュボーン式で4輪独立懸架が採用。高い信頼性と悪路走破性、そしてオン・オフを問わず優れた乗り心地を実現しています。
「ワイルド&フレンドリー」をデザインテーマに掲げたビークロス
しかし、なんといっても特徴的だったのはそのスタイリングでした。「ワイルド&フレンドリー」をデザインテーマに掲げ、逞しさと親しみ易さを融合させた佇まいを実現しています。ボディサイズは全長×全幅×全高が、それぞれ3890mm×1785mm×1620mmでホイールベースが2510mmとなっていて短い全長に対してホイールベースが長い、つまり前後のオーバーハングを大きく切り詰めたことでクロカン4WDとしての悪路走破性を高めていたことをアピールしていました。
また存在感のあるピラーに囲まれたキャビンはコンパクトにまとめられ、その一方で樹脂製の前後オーバーフェンダーを繋いだ樹脂製パネルがボディを一周し、エクステリアの印象を際立たせていました。最低地上高は320mmもあり、なおかつアンダーボディ(のボトム形状)はフルフラットとされていて、悪路走破性もより確実なものとするなど、クロカン4WDを長年手掛けてきたいすゞならではのポイントとされていたのです。
ただし、ビークロスはあくまでもモーターショーのために製作されたコンセプトモデルであり、特徴的なエクステリアデザインなども、ショーモデルならでは、と理解されていました。
ショーカーとほぼ同じデザインのまま“市販車”として登場
そんなビークロスは、モーターショーでの反響も大きく、いすゞとしても大きな手ごたえを得て、1997年3月に量販モデルを発表、翌4月から販売を開始しています。なによりファンが驚かされたのはそのエクステリアデザインでした。
1993年のモーターショーに出展されていたのはあくまでもコンセプトモデル=ショーカーで、それが市販モデルに移行する際には大きく手直しされて発表されると思われていました。ですがビークロスはショーカーとほぼ同じエクステリアデザインのまま、市販車として登場したのです。
“ボディ上下二分割”のアイデアが市販モデルにも再現
もう一度、エクステリアについて紹介しておきましょう。ボディのアウターパネルは亜鉛メッキを施した鋼板をプレス成型して使用しています。そのアウターパネルに、ボディ下半身を覆う高強度なポリプロピレン系樹脂を無塗装のままボルト止めして使用しています。ショーモデルで提案されていた“ボディ上下二分割”のアイデアが市販モデルにも再現されていたのです。
リヤドア内にテンパータイヤを収納するというショーモデルのアイデアも、市販モデルのビークロスに再現されていました。クロカン4WDと言えばスペアタイヤを背負っているのが一般的でしたが、リヤドア内に収納することで、今までにはない強烈なインパクトを放つことになり、大きな特徴となりました。
搭載されたエンジンはショーモデルから一転、ビッグホーンに搭載されていた3165cc(ボア×ストローク=93.4mmφ×77.0mm)V6ツインカム(4カム)の6VD1をチューニングし直して搭載。吸気ポートの長さをエンジンの回転数によって切り替える可変慣性吸気システムや、吸排気バルブを立ててストレートポートを採用し充填効率を高めるなどした結果、最高出力が200psから215psにパワーアップすると同時に、最大トルクも27.0kg-m/3600rpmから29.0kg-m/3000rpmと、より低回転域で太いトルクを捻り出すようになっていました。
各部のコンパクト化や軽量パーツの使用により、6VD1のベース仕様に比べてエンジン重量の約10%の軽量化も実現していました。
オールラウンドなサスペンションを採用
一方でシャシーに関してもショーモデルとはいくつかの相違点が見られました。まずはサスペンション。フロントはコイルで吊ったダブルウィッシュボーン式で、基本的なデザインは踏襲されていましたが、リヤはリジッドアクスルをコイルスプリングで吊りながらリンクでコントロールする4リンク式としています。ラテラルロッドのブッシュをピロボール化するとともに、ラジアスロッドのプッシュも強化品を使用するなどスポーツ領域でのスタビリティを高めていました。
またアルミ製モノチューブで別体タンクを備えたダンパーを採用しスプリングやスタビライザーなどを強化するとともに、適正化を進めオールラウンドなサスペンションとしていました。ブレーキも4輪にベンチレーテッド・ディスクを奢るとともに4センサー3チャンネルのABSも装着。
クロカン4WDのキモとなる4輪駆動システムに関しては、トルク・オン・デマンド(TOD)と呼ばれる電子制御トルクスプリット4WDを採用。前後輪のトルク配分を0:100(後輪駆動)から50:50(直結4WD)まで無段階に自動制御できました。
またシフトオンザフライ・システムを採用することで、走行中でも2輪駆動と4輪駆動を自由に切り替えることが可能となっていました。まるでショーカーそのもののようなスタイリングが注目を集めていたビークロスですが、メカニズム的にも様々な最新技術が盛り込まれていたことが分かります。