運転をラクにしてくれる反面、集中力を欠きやすい「AT」
現在ではほぼすべての乗用車に採用されている「オートマチックトランスミッション(AT)」。セレクターを操作してシフトポジションを決めさえすれば、あとはアクセルペダルを踏むだけで走行できるというのは利便性が高い。シフトチェンジをするためにはアクセルペダルを戻してクラッチペダルを踏み、シフトレバーを操作してクラッチをつなぎ、再びアクセルペダルを踏み込むという作業が必要な「マニュアルトランスミッション(MT)」と比べれば、明らかに速度を高めていく作業は簡単で、そのぶんステアリング操作や周囲の確認などに注意を払いやすい。
とはいえ、その簡便さから集中力を欠き、ペダル操作を間違えてしまうという事例が多いのも事実。本題に入る前にあらためて注意喚起をしておきたい。クルマを運転するということは、運転をする人間の不注意によって他人を巻きこんだ事故を起こす可能性があるものだ。なんとなく走るのではなく、つねに周囲に注意を払い、とくに動き出す時には、まずは思っている方向に動き出すかどうかを確認して、それからアクセルペダルを踏むようにしてもらいたい。
クルマごとに千差万別なATセレクター
さて、今回の本題は、ATの操作のなかで最近悩みやすい、セレクターについてだ。ATのセレクターについてまず説明しておくと、ATは駐車時に使う「P(パーキング)」ポジションと、ギヤがフリーになり、ブレーキが使われていない時にはクルマを押して動かすことがでいる「N(ニュートラル)」ポジション、そしてアクセルペダルを踏むことで前進する「D(ドライブ)」ポジション、後退することができる「R(リバース)」ポジションがある。
さらに、ドライバーがギヤを物理的や疑似的に操作できるようになっているものもあって、それを使えばエンジンブレーキを利用しやすい。このギヤ選択は、セレクターレバーで行うものもあれば、ステアリングに装備されているパドルを利用するものもある。さらに、強力なエンジンブレーキを使うことができる「B(ブレーキ)」ポジションを備えたATも存在しているし、そもそもでいえば、現代のクルマはATのセレクターの種類が多すぎて、初めて乗る時にはきちんと使い方を確認しておかないと、走り出すことさえ難しかったりする。
誤操作を防ぐため生まれたゲート式セレクター
ではなぜ、セレクターのバリエーションが増えてしまったのだろうか。昔のATセレクターは、フロアからレバーが伸びていて、直線的に前側から「PRND2」と後ろ側に動かすものが主流だった。こういったセレクターには、走行中の誤操作を防ぐため、ノブにロック解除のボタンがあり、それを握らないとRには入らないようになっていたりした。各ポジションの確認は、表示部の文字色が変わることで表していたものだ。
その誤操作を防ぐために考えられたのが、メルセデス・ベンツが採用していたゲート式セレクターである。これは各ポジション間に段差をつけた、階段のようなゲートを採用したもの。非常に使いやすいものだったが、これに関してはメルセデス・ベンツが特許を公開しなかったので、権利切れになるまで他メーカーは採用できなかった。
また、ジャガーは独創的な「Jゲート」というセレクターを採用していた。これはPRNDまでは他社のセレクターと同じように直線的だが、Dから左へ動かすとシフトチェンジできるようになり、Uターンして今度は上に、5432とギヤポジションを任意で選択できるようになっていた。積極的なギヤ選択をしやすいというのが画期的なこのJゲートだったが、のちにDから横にセレクターレバーをずらし、そこで前後に動かすことでシフトアップ、シフトダウンがでいるマニュアルモードセレクターが登場したことで、一般的にはならないままとなってしまった。
バイワイヤー式でデザイナーが独自性を出しやすくなった
こういった方式のセレクターレバーが編み出されたのは、トランスミッションと物理的に接続されていたからだ。セレクターレバーを動かすことで、トランスミッション内部のリンクを動かすという、アナログなものだった。つまりはMTと同じ理屈だ。だからこそ、フロアからセレクターレバーが生えているクルマが多かったし、操作方法にも大きな違いがなかったのだ。コラム式ATセレクターにしても、当時はロッドやリンクを介してトランスミッションに接続され、トランスミッション内部のポジション変更を行っていた。
ところが現代のクルマに採用されているセレクターは、バイワイヤー式である。つまりセレクターはただのスイッチで、それを操作すると電気信号でトランスミッションが操作されるようになっている。そうなると、セレクターのスイッチレイアウトは、自由になる。これまでのようにセンターコンソール周辺に配置してもいいし、ステアリングに配置してもいい。操作方法もスイッチを押す、としてもいいし、ダイヤル式にしてもいい。物理的な制約が小さくなるということも含めて、クルマのデザイナーにとっては意欲をかき立てられることだろう。
重要な部分の操作方法だけは統一してほしい
そんなこともあって、現代のクルマのセレクターは、それぞれの自動車メーカー、というよりもそれぞれのクルマごとに、個性を強く感じさせるものとなっている。おかげで、いろいろなクルマに乗る機会が多い仕事をしている人は、シートに座ったらまず、どうやって動かせばいいのかを確認しないといけなくなった。とくにエンジンブレーキをどうやってかけるのか、つまりシフトダウンはどうすればいいのかを把握しておかないと、いざという時に危険度が増すことになる。
個人的には、PポジションやDポジションはどんなやり方、ダイヤルだろうがスイッチだろうが、どんな操作方法を使っていてもいいが、走行中の一瞬の判断で迷わないために、シフト操作だけは統一した操作方法にしてもらいたいと思っている。いやこれも、EVのワンペダル操作まで含めて考えると、違うかもしれない。右がアクセルで左がブレーキというペダル配置のように、せめてこういう重要な部分の操作方法はぜひ、統一してもらいたいものだ。