実用車の本分を極めた走りのキャラクター
メルセデス・ベンツW123シリーズは、日本では「230(のちにインジェクション版230Eに進化)」と「280E」からなるガソリン版に加えて、ディーゼルの「240D」および「300D」も正規輸入・販売された。
今回テストドライブさせていただいた純白の個体は、日本への最終ロットにあたるという1985年式の230E。当時のダイムラー・ベンツ日本総代理店、かのヤナセの子会社である「ウエスタン自動車」が輸入し、ヤナセのネットワークによって販売された正規ディーラー車で、走行距離はまだ6万km前後というローマイレージ車だ。自らメンテナンスも行う現オーナーによって、極上コンディションが保たれている1台である。
サラリとした感触のファブリックで覆われた、フラットかつ硬い座面のシートに腰を下ろしてドアを閉めると、聞こえてくるのはゴムシールで作為的に作られた現代的な音ではなく、金属とゴムが精緻に当たる感じの「バンッ!」。ボディの堅牢なつくりは、それだけでも即座に感じられる。
インテリアは、現代のメルセデスからは想像もつかないほどに簡素なデザインながら、使われている金属も樹脂も上質のもの。シートは身体への当たりこそ硬質ながら、座っていて疲れない。スイッチ類やレバーの類もひとつひとつが堅牢で操作も少々重いが、感触は非常に好ましいものだった。
ドライバーの肩幅に近い径とすることで力の入り具合を最善化し、疲労度も最小限に抑えることを目的としたと言われる大径のステアリングホイールに左手を添えつつイグニッションキーをひねると、色気もへったくれもない排気音とともに、2.3Lの直4エンジンはスムーズに回り始める。
そして、この時代のメルセデス製ATのデフォルトである2速発進で走り出しても、その実直さは変わらなかった。アクセルを踏み込むとサウンドやレスポンスはスポーティとは程遠いながらも、ドライバーが思ったとおりに加速し、4速ATもこの時代のものとしてはスムーズに変速。すべてがちゃんと「仕事している」のだ。
また、ボール&ナット式のステアリングギアボックスは、かなりスローなレシオとされているようで、操舵入力に対するクルマの動きはかなりおっとりとしたもの。でも確実に曲がり、4輪ディスクのブレーキも確実に制動してくれる。
俊敏なハンドリングでドライバーを愉しませようとするエンターテインメント性などには一切目もくれず、ただただ上質な実用セダンであることを全うしようとする姿勢がありありと感じられたのだ。
長らくメルセデス・ベンツが掲げてきたモットー「最善か無か(Das Beste oder nichts)」が、1台の実用車として体現されたW123系コンパクト・メルセデス。現在の華やかなメルセデスに違和感を覚える「メルセデス原理主義」的な愛好家が、デビューから半世紀近い時を経たW123を今なお愛してやまない理由が、痛いほどに理解できたのである。