「高年式」の70年代車ならまだ若者でも手が届く!
ところでカルマンギアは1955年から1974年まで19年にわたり生産され、ルックス上は3つの時期に大別できる。50年代はテールランプが小さく、日本での通称「角テール」。60年式からフロントフェンダーの形が変わりヘッドライト位置も高くなり(ゆえに59年式までは海外で「ローライト」と呼ばれる)、テールランプも大型化して通称「三日月テール」に。70年式からは灯火類がさらに大きくなって「ビッグテール」と呼ばれている。
フォルクスワーゲンに限らず欧州クラシックカー界隈ではひと昔前まで、1970年代のモデルは「高年式」として軽んじられる傾向があった。しかし今は2022年。もはや70年代も半世紀前だ。くわえて、近年のクラシックカーの高騰で50年代のクルマはもはや気軽に買って乗れるような価格帯ではなく、60年代モデルも上昇中。70年代車は、カルマンギアだけでなくビートルやバスについても、まだ現実的に若者の手が届きやすい存在といえる。
学生の頃からイベントやショップなどでカルマンギアを小まめにチェックしてきて、20歳で社会人となり、がくとさんが念願のカルマンギアとして迎えることになったのは、1970年式。この年式は灯火類こそ大型化したものの、まだダブルバンパーが残っていて、クラシックな60年代と安全性を強化した70年代との境目といえるモデルだ。
神奈川県の空冷VW専門店「K‘S Collection」に入庫していた個体で、ボディには軽度のヤレがあるものの全体的にコンディションが良く、オリジナル度の高さがポイントだった。というのも日本では1990年代にカルマンギアがブームとなって大量に輸入されたものの、ほとんどがローダウンされ、さらに過激にカスタムされたのちに廃車となってしまい、国内の現存数はごくわずかで、しかもノーマル車高のままの個体はレアなのだ。
「元々はカルマンギアにハマった小学生の頃から、ずっと1969年までの低年式をメインに探していて、さほど高年式系統には興味がなかったのですが、一応、見るだけ見に行ってみようと思って今の子を見たときに“これだ!”っていう、とうてい言語化しがたい何かを感じたんです。それまで何年も何年も、自分の中で核となっていた“低年式至上主義”の殻が一瞬で壊れて、新たな自分に出会ったくらいの衝撃で、この子にしようと決めました」
ワーゲンやレトロなカルチャーの仲間を増やしていきたい
晴れて1970年式カルマンギアが納車されたのは2022年7月24日のこと。初めて実際にカルマンギアを運転したときの感想を聞いてみた。
「まわりに空冷VWに長く乗っている有識者の方々がいたので、そこまでの不安は持っていませんでした。とはいえ、現代車とまったく感覚のちがうクルマを自宅まで100km以上運転して帰るので、レイトバスに乗っている同い年の地元の友だちに付き添ってもらいました。目線や視界など何もかもが現代車とはまるで違って、自分で転がすことの嬉しさを肌で体感できることに感動しました」
取材した11月下旬までの4カ月で5000kmほど走り、今はすっかりカルマンギアの運転になじんできた様子のがくとさん。友だちを連れて海や山にドライブに行ったり、福島県・西会津で開催されたクラシック・フォルクスワーゲンのイベントには男3人でカルマンギアに乗り、地元の埼玉から下道で行ってきたそうだ。行きはノリでノンストップ7時間半だったというから、運転するのが楽しくて仕方ないこと察するに余りある。また、車内に置くバスケットやティッシュボックスはクラフトバンドで自作し、シートカバーも自作しているという器用な一面も。
「ほぼストック状態のうちのカルマンギアには“エレガントにジェントルに”という言葉が合っていると思って気に入っています。これから、世代も性別も問わず、ワーゲンやレトロなカルチャー、“旧き佳き”に価値を見いだせる友だちを増やしたいですね」
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クラシックカーでも音楽でもなんでも、趣味や文化について、インターネットやSNSで大量の情報を得られるのが当たり前の21世紀生まれ世代。だからこそ、それらに振り回されず、いかに取捨選択して採り入れていくか、センスが重要になる。カルマンギアという1台のクルマを軸に自分のライフスタイルを確立し、さらに世界を広げていこうとしているがくとさんの姿に、これからのクラシックカー趣味のあり方がかいま見える気がするのだった。