「ジャーク」+「AI制御」で減衰力の自動調整が超進化
足まわりの総合メーカーであるTEIN(テイン)が送り出すアイテムは、いつもエポックメイキングなものが多い。その最たるものが電動リモート減衰力コントローラーの「EDFC(Electronic Damping Force Controller)」である。2023年1月に発売される最新の第5世代、「EDFC5」では減衰力の調整に、速度、加速G、旋回Gに加えて、新たに「ジャーク(躍度)」を採用。一体どういうことなのか、何が変わるのかを解説しよう。
20年にわたり進化してきた電動リモート減衰力コントローラー「EDFC」シリーズ
2002年に登場したEDFCは、減衰力調整をする際に工具を使うことなく、室内にセットしたコントローラーのスイッチを押すだけでセッティングを完了できる。その手軽さからヒットし、累計10万台を記録するにまで成長した。
そして2013年、今度はEDFC Activeを誕生させ、加速Gとスピードを瞬時に判断して減衰力を変化させることを可能にした。加減速ではフラットに車体を保つ一方で、低速ではしなやかに、高速ではしっかりという味付けもお手のものだった。また、このときにモーター駆動用のドライバーを無線通信化することで、室内のコントローラーから足まわりまで配線を張り巡らせる必要がなくなったこともポイントのひとつだった。
さらに翌年の2014年にはEDFC Active Proを追加。旋回Gに合わせて減衰力を調整することが可能になり、アクティブダンパーとしての本領をさらに発揮させた。ストレートでは乗り心地よく、コーナーに差しかかればしっかり。前後左右を複合制御する味付けは、他にはない独自の世界観を見せつけていた。ちなみにこの2014年には初代EDFCの廉価版であるEDFC IIを安価で発売し、より多くのユーザーへ届ける努力も開始された。
芝浦工業大学の渡邉 大教授とコラボして開発
そして2023年1月、EDFCは5世代目へと進化する。名称をEDFC5としたそれは、Active Proの制御に加えて、さらに「躍度」(やくど/ジャーク/Jerk)の制御機能を追加したところが最大の特徴だ。躍度とは加速度(m/s2)を微分したもので加加速度(m/s3)とも呼ばれ、Gの変化量を表す。これを利用して更なる制御をするという。
じつは今回のEDFC5の進化を考案したのは、芝浦工業大学の渡邉 大教授だ。学生たちが自らの手でクルマを製作し競技に挑む、学生フォーミュラの面倒を見ているときにTEINとのコラボを開始。PC用のレースゲームでさまざまなセッティングをするうちに、今回の複雑怪奇な制御を思いついたという。今回は試乗を開始する前に講義を受けさせていただいた。それをひとまずご紹介しよう。
ジャーク=Gの変化量をコーナリング時のダンパー制御に応用
例えばコーナーへとアプローチしようとしたとき、極端に言えばクルマは最初にグラッと動き旋回を開始する。定常旋回中は一定のGが連続してかかり続けていることが想像できるだろう。EDFC5は、その最初の「グラッ」に注目したのだ。減衰力を引き締めていけばこの動きは収まる方向になるが、それでは乗り心地が満足できない。乗り心地を満足しようと減衰力を緩めると、「グラッ」と動く挙動がオーバーシュートし、旋回半ばまでクルマが揺らいでしまう。このオーバーシュートを無くすことがポイントだと見たわけだ。
よって、まっすぐ走る時はしなやかに、けれども難しい言い方だがヨー角加速度が変化している瞬間だけを引き締めることで、旋回安定期に入るまでの間をアクティブに制御しようというわけだ。
だが、ヨー角加速度を制御しようとなると、ヨーレートセンサーが必要となり高価になってしまう。そこで登場したのが躍度だったという。既存の3軸の加速度センサーから導き出せる躍度はヨー角加速度と同じ波形を描き、ターンインなのかターンアウトなのかを判別することは可能となるそうだ。
乗り心地だけでなくスポーツ走行にも効果あり
この制御はなにも乗り心地のためだけに活きるわけではない。じつは走りにも効果があるという。前述したオーバーシュートする状況では、荷重移動量のオーバーシュートが起きてしまう。減衰係数が高くなると、旋回荷重移動量がオーバーシュートしなくなるため旋回性能が引き上げられるのだという。
だが、話はそれで終わらない。スポーツな躍度制御があるというのだ。旋回初期でフロントのアウト側とリアのイン側を硬く、フロントのイン側とリアのアウト側は柔らかくするというのだ。この制御を行うことで、シミュレーションでは旋回初期にインに寄せられるようになり、結果としてクルマの向きが変わるそうだ。
この制御の結果、メカニズムとしては旋回過渡期に前上がりのピッチが発生。前側の車高が上がり、後側の車高が下がる。バネ上でその動きが出るということは、その反力でタイヤにはフロントは荷重上昇、リアは荷重減少が瞬間的に起こり曲がりやすくなるのだそうだ。
EDFC5を装着したBRZとGR86でワインディングを走ってみた
そこで実際に、その制御を搭載したトヨタ「GR86」とスバル「BRZ」に乗り、躍度制御の有無を体感してみることにした。試乗車両にはもちろんTEIN製の車高調・RX1が装着されていた。ツインチューブで全長調整式となり、キャンバー調整ロアブラケット、ハイドロ・バンプ・ストッパー(H.B.S.)も奢られている。GR86&BRZ用はフロントピロアッパー、リア強化マウントとなることも特徴のひとつだ。
まずは躍度制御を行わない状態でBRZから乗り始める。フロント6.0kg、リア6.0kgのスプリングをセットしており、このクルマ用の足まわりとしては割と柔らかめの設定だ。箱根ターンパイクのうねる路面をしなやかに受け止めつつ、けれどもいつまでも揺らがないフラットな乗り味はなかなか。これだけでも十分だ。ステアリングのフィールや手応えも確実に展開されている感覚がある。
インに吸い込まれるような異次元の旋回
それを確認した後にいよいよ躍度制御を入れてみる。すると面白いくらいに動きが違っていた。ステアリングを切り始めた瞬間、クルマはインに吸い込まれるように入っていく。おかげでステアリングの操舵角をそれほど必要とせずに走ってくれる感覚があるのだ。結果、ステアリングの反力を得る前に曲がっているような気もしてくるため、ちょっと物足りなさも感じるところだ。
また、ターンアウトでアクセルを踏み込んだ際、リアが沈みきったところからトラクションを入れ始めるせいか、ややリアが腰砕けるような動きに感じる部分もある。つまり、ちょっと独特な動きなのだ。慣れが必要なのだろう。現に試乗終了間際になれば、それを違和感なく使えていた。無駄な揺らぎなく旋回も素早い。これは面白い。
GR86に乗り換えて同じことをやってみると、元来BRZよりもシャープなコーナリングマシンに仕立てられていたそれは、もっと鋭くコーナーを旋回していく。前述したアクセルオンの時のリアの力強さはこちらが上。そもそものスタビライザーまわりの設定の違いがこんなフィールの違いを生み出していたのかもしれない。
自在なセッティングを試していくのも楽しそう
試乗後にそんなフィールを開発陣に伝えると、今回は躍度制御をより体感してもらうために、わざと極端にセットしていた部分があったらしい。もっと自然なフィールにすることはスイッチひとつで可能だそうだ。今後のセットアップ次第でまだまだ成長していける、そんな新次元の足まわりが誕生したのかもしれない。