イセッタを現在に蘇らせようとしていた?
一般的に乗用車と言えば4~6人乗りですが、スポーツカーでは2人乗りが当たり前になっています。ところが、数はあまり多くないものの、3人乗りのモデルも存在していました。今回はスポーツカーの範疇には入りませんが、1994年にBMWが提案したコンセプトカー、3人乗りのZ13コンセプトを振り返ります。
スーパースポーツカーとコンパクトカーに共通したパッケージ
3人乗りのクルマと言えば、旧くは日産のダットサン・フェアレディが良く知られたところで、2シーターの、正確には運転席の直後に横向きに座るようにサードシートが装着されていました。このフェアレディはコンベンショナルなフロントエンジンの後輪駆動でしたが、1970年代にはミッド・エンジンの3人乗りスポーツカーが登場しています。
それがマトラ・シムカ・バゲーラでした。純然たるスポーツカーというよりはスポーティなパーソナル・クーペという立ち位置でしたが、2シーターではなく3シーターとしたことで身の回りの手荷物などを置くスペースができ、ユーティリティも高まっていました。
ただし、こちらはフェアレディとは異なり、3つのシートが横並びのレイアウトを採用しています。ちなみに、これは3シーターではなく3by2(3シーター×2列)の6人乗りでしたが、2004年にホンダがリリースしたエディックスは横3人掛けのシートレイアウトを採用し、話題となりました。
これらは横3人掛けが共通するパッケージングでしたが、それぞれのドライバーズシートは左端だったり右端だったりしていました。そうした状況の中、ドライバーズシートをセンターにマウントしたモデルが登場することになりました。それが1992年に登場したマクラーレンF1です。
マクラーレンF1と同様な基本パッケージを持っていたZ13
マクラーレンF1は、F1GPの世界で数々の傑作マシンを生み出したゴードン・マレーが設計したロードゴーイングカーで、言い古された表現をするならロードモデルとレーシングカーの接点上にあるクルマでした。
F1GPやレーシングスポーツでは当然ともなっていたカーボンファイバー製のモノコックを、ロードモデルとしては初めて採用したクルマとして自動車史上に大きなエポックを残した1台ですが、ドライバーズシートが車両中心線上にあることも大きな特徴となっていました。
これはもちろん、F1GPマシンに倣ったもので「世界最速で最良の市販車」を目指す彼らにとっては世界最速のF1GPマシンにも繋がる必須のパッケージだったのでしょう。そしてドライバーシートの後方に搭載されたエンジンはBMW製のS70/2型、排気量6L(ボア×ストローク=86.0mmφ×87.0mm。最高出力は627ps)のV12ユニットがBMWモータースポーツ社から供給されていました。
さて、そのマクラーレンF1と同様な基本パッケージを持っていたのが今回の主人公、BMWが1993年のジュネーブ・モーターショーに出展したコンセプトモデルのBMW Z13 Conceptでした。片やマクラーレンのF1はスーパースポーツで、一方のBMWのZ13 Conceptはコンパクトカーで、その立ち位置は全く異なっていましたが、横3人掛け……より正確に言うなら運転席の左右斜め後方に2つのシートをレイアウトするパッケージは共通しており、マクラーレンのF1がカーボン・コンポジットのモノコック・ボディを採用していたのと同じ理由からBMWはZ13 Conceptに、押し出し成型したアルミ材で構築したスペースフレームを採用していました。
BMWは新たなシティカーを模索していた
それではもう少し具体的に、BMW Z13 Conceptのメカニズムについて紹介していきましょう。先にも触れたようにフレームはアルミの押し出し材で構築したスペースフレームで、そのリヤ部分に2輪用のエンジンを転用して搭載していたのです。
いくつかの資料をひっくり返してみたのですが、そのマウント位置はクルマのボディ後部であることははっきりしていますが、これをミッドエンジンと判断するのか、あるいはリヤエンジンと判断するのかは意見の分かれるところ。
ここではとりあえず、リヤアクスルの上に搭載されている、としておきましょう。2輪から転用されたエンジンはBMWが長い歴史を持っている水平対向エンジンではなく、直列4気筒の1093cc(ボア×ストローク=70.5mmφ×70mm)で最高出力は2輪仕様の100psから85ps(諸説あり)までパワーダウンされていました。おそらくはよりトルクを太くするための再チューニングの結果と思われます。
ただし車両重量が830kgと国産の軽自動車並みに軽く仕上がっており、シティカーとしては十分以上のパフォーマンスを持っていました。そう、BMW Z13 Conceptはスポーツカーではなく新たなシティカーを模索していたのです。
考えてみれば、戦後すぐにBMWの経営を支えたBMWイセッタは、2輪用のエンジンをリヤに搭載したシティカーでした。フロントに設けられたドアは、まるで冷蔵庫のようなデザインでしたが、現在の法規ではとても認めることができないパッケージとなってしまいました。
それでもBMW Z13 Conceptのように“通常の”ドアを持ち、エンジンを取り払ったフロントノーズを備えていることが、対衝突においてはクラッシャブルストラクチャーとして機能するだけに、より現実的なパッケージと考えられます。
BMW Z13 Conceptのボディサイズは全長×全幅×全高が、それぞれ3440mm×1640mm×1320mmで車両重量は830kgとなっていて、これはトヨタのコンパクトモデル、パッソ(3680mm×1665mm×1525mmで910kg)と比べてもひと回り小さく、そして80kgも軽く仕上がっています。乗車定員が3名であることをどう考えるかによっても変わってきますが、十分に“可能性の見える”データです。
結果的にミニに駆逐されてしまった
ここで少しうがった見方をするならばBMWは、イセッタを現在に蘇らせようとしたのかもしれません。痩せたアリストテレスではありませんが、2輪用に力を入れて開発した直4ツインカム・エンジンと、徹底的に軽量化を追求してアルミ押し出し材で構築したスペースフレーム。
まさに現代版のBMWイセッタとしてよみがえるべき1台だったように思えてなりません。ただし、残念ながらBMW Z13 Conceptが市販化されることはありませんでした。最大の理由はBMWが、BMW Z13 Conceptを発表した翌1994年に、ブリティッシュ・エアロスペース(BAe)からローバー・グループを買収したこと。
これによりミニ……いわゆるBMCミニを手に入れたBMWは、新たなコンパクトカーを絶え間なく開発する必要がなくなったのです。1959年に登場してイギリス国内からバブルカーを駆逐してしまったミニは1990年代に再び、BMWが新たなコンパクトカーとして開発を進めていた(可能性を探っていた)BMW Z13 Conceptも駆逐してしまったのです。